ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【3】

ー大江戸学園内路地裏ー

月が笑っていた。仰向けの俺には色んな痛みが体中に走る熱ぼったくて重たい。
頭に警鐘が鳴っていた気がした。

「さて、帰るか」

「うん、そうだね。」

俺を取り残して去ろうとする二人組。このままいってもらえば大した怪我もせず。次に備えて身体を癒せばいい。……なんて、くだらない考えが頭を過った。冗談じゃない。自分から煽って、襲われて、やられて、助かっただと?
奥歯を噛みしめる。今の今、何か出来なくて、あとに何ができるっていうんだ。

背中を浮かせて、地面に打ち付け俺は起き上った。

「「ん?」」

「勝手にサヨナラしてんじゃねぇぞ。」

ベッと口の中の粘りを吐きだした。唾液と血液の混ざった血泡の液体が地面に広がる。腹に痛みを孕んでいたが、俺はステップを刻んだ。しっかりと拳を構えて、相手を捉える。

「まだ、立つのか、どうする?」

「今度は立てないようにすればいい。」

「なるほど、名案だ」

「そうだろう。殺さなきゃいいだけだ」

奴らの余裕は腹が立つ。だが、頭に血がのぼったらさっきの二の前。今度は確実に片方を潰す。ステップ速度をあげながら、重心を前に前にずらしていく。呼吸とステップがひとつに混じった時、左足に体重をのせて地面打ち付けた。スタートダッシュを決めたランナーのように身体が前に進む。最速のインファイトダッシュ。

「?!」

「よそ見してんじゃねぇよ!」

互いの吐息がかかるほどの間合いに飛び込んだ。憎たらしい男の顔がはっきり映る。奴は後ろに飛んで距離を空けようとしたが、俺の拳が速かった。左のボディブローが深々と突きたった。身体を「く」の字に曲げてかぶさってくる。

「ベストな位置だっぜ!!」

瞬時に左拳を引き、ショートアッパーで顎を穿った。やつの頭が後方に振れる。トドメの一撃、右ストレートを打ちこもうと思ったが俺はサイドステップで飛んだ。

「ちぇ、外しちゃった」

俺が居た場所に、もうひとりの男の足先が揺れていた。危ない、あのまま居たら、また、ノックアウトするところだった。だが、これで一対一。こいつらのコンビネーションこそ大したものだが単品での戦闘能力はそれほど高くは無い。冷静に対処すれば、今の体力でも問題ない。

しかし、倒れた奴は平気な様子で立ち上がった。パタパタとホコリでも払うように服やズボンを叩いた。

「おー、ビックリした。今のはくらったよ。」

「なー、ビックリしたな。今のはくらうだろ。」

「……」

手応えは確かにあった。これまでに幾度となく、人間の顎を砕いてきたボクサー故の自信。
そて、知っていた。どれだけ鍛えても顎への打撃は脳へ直結する絶対の決まり。だが、奴はなぜ立っている。俺は拳をさらに硬く握りしめた。こいつらは思った以上に……厄介な相手かもしれない。

「風、平気か?」

「雷、大丈夫さ。けど、もういいよな」

「ああ、構わない。俺もそれを言おうと思っていた。」

「じゃ、終わらせよう」

「そうだな。終わらせるぞ」

奴らは、ピタリと口を閉じた。こっちに向き直る。その四つの目には今までとは違う何かを感じた。どこかで見た覚えのある目つき。背中の骨に電撃に似た冷たいものが走る。この感じ、血沸き肉躍る。全力でぶつかれる敵の存在に全身が熱くなる。俺は叫んだ。

「来いよ!」

「「は(ふ)は(ふ)は(ふ)。いくぞ!!鬼状態(鬼モード)……発動!」」
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