ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました弐幕【8】

ー大江戸学園:林内ペンションー

鮒口「いまさら藻木がなにをいったって手遅れだ。事件はさっき時効になった。」

悠「だから油断してビールを呑んだのか」

鮒口「油断だと?時効が成立した後で、指紋を調べてなんになる。」

悠「いいや、公訴時効は成立していない。」

鮒口「でたらめをいうな!時効が延びるのは、犯人が海外にいった場合だろう。俺は海外にはいってない。時効が停まるはずがない。」

悠「料理の知識だけでなく、法律にもうといな。」

鮒口「なにがだっ!」

悠「藻木は犯人しか知りえない供述から、逮捕起訴された。しかしマスコミにはそれを伏せてある。いうまでもなく、アンタが逃げるのを警戒したからだ。」

鮒口「逮捕起訴って、まさか……」

悠「刑事訴訟法第二百五十四条二項だ。共犯者の基礎から結審まで、公訴時効を停止する。共犯者の藻木が起訴された以上、裁判が終わるまで時効は延長される。」

鮒口「くそったれがっ!」

鮒口は叫んで厨房に駆け込むと、包丁を手にして戻ってきた。悠と城が駆け寄ろうとすると、鮒口は目を血走らせて両手で包丁を構えた。

悠「……包丁を捨てろ。」

鮒口「俺に近寄るなっ。近寄ったら刺すぞッ。」

悠「捨てたら見なかったことにしてやる。」

鮒口「嫌だっ。刑務所には、ぜったい入らねぇぞっ。」

悠「なら、おれを刺してみろ。包丁は料理人の命だ。経歴を偽って居たにせよ、料理人のアンタが包丁を血で汚せるのか?」

鮒口の顔が醜く歪み、包丁の先端がぶるぶる震えた。みんなは固唾を飲んで、二人を見つめている。

悠「鮒口、これ以上、罪を重ねるな。罪を償ったら、また料理人として包丁を握れる。」

鮒口「ぐっ、ぐぅぅぅっ……!!」

鮒口はがくりとうなだれて、包丁が床に落ちた。

悠は軍パンのポケットから手錠をとりだすと、いまの時刻を口にして

悠「強盗容疑で緊急逮捕する。」

鮒口の両手に手錠をかけた。

いつの間にか風雨がやんだらしく外は静かになって、空が白んできた。遠くから、いくつものサイレンの音が聞こえてきた。



夜が明けると、ゆうべの天気が嘘のような青空が広がった。

ニュースによれば、台風十二号は首都圏を通過した後、さらに速度を速めて日本海側へ抜け、まもなく熱帯低気圧に変わる見込みだという。台風は勢力が強かったわりに被害は少なく、死傷者も出なかった。
80/86ページ
スキ