ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました弐幕【8】

ー大江戸学園:林内ペンションー

いただきます、と飴矢は両手を合わせてから、牛タンにわさびと醤油をつけて口に運んだ。とたんに丸い頬を膨らませて、旨いッ、と叫んだ。

それを合図にみんなはいっせいに箸を伸ばした。

ミディアムレアに焼いた牛タンは噛むたびに、じゅわっと肉汁が溢れ出る。そこに青ネギと大根の風味が加わって肉の旨味を引き立てるが、いちばん驚いたのは天然のわさびの味わいだ。

ツンと鼻に抜ける辛さと豊かな香りは、いままで食べたわさびとまったく違う。ゆうべから寝てないうえに山歩きをしたから、身体は疲れ切っているが、この牛タンを食べていると力が蘇ってくる。

ステラ「このタン、メチャうま。台風で、ラッキーね。」

釜石「ここに避難して大正解だな。しかしこれ食ったら、呑まずにはいられねぇや」

ステラと釜石がビールを注文すると、葉月と飴矢もそれにならった。立場上、呑んではいけないと思ったが、無性に酒が欲しくなる味で、我慢できなくなった。

和斗「ぼ、僕も呑んでいいですか」

誰も異論はなかったから、急いで生ビールを注いできた。

続いて出てきたのはヤマメの塩焼きとジャガバターだった。ジャガバターのジャガイモは小ぶりで細長く、なぜかイカの塩辛が乗せてある。

ヤマメは二十センチはありそうな大ぶりのヤマメ。

和斗「これも川で釣ったり、山でとったりしたんですか?」

和斗が聞くと、城が笑った。

城「流石にそれはないですよ。お店から仕入れたんです。」

ヤマメの塩焼きはパリッと焼けた皮が香ばしく、身はほどよく脂がのって、ふっくらとやわらかい。皿に添えてあるレモンを絞ると、爽やかな味わいがあとをひく。生ビールの肴にぴったりで、ヤマメをつまんでからジョッキをあおると、あまりの旨さにため息が漏れた。

葉月「あたし川魚は匂いが苦手だったけど、これはめちゃくちゃ美味しい。いくらでも食べられそう。

釜石「ヤマメはたまに食うけど、お嬢、これは旨すぎやすぜ」

城「は、はは……。まだ、お嬢って言うんですね。」

うーん、と飴矢が唸って眼鏡を中指で押し上げると

飴矢「焼き魚の味は火加減と塩加減で決まるけど、これは完璧だな。」

葉月「ヤマメってどういう風に料理するんですか?」

葉月が悠に聞いた。

悠「まずペットボトルの蓋で、ウロコとぬめりを取る。」

葉月「ペットボトルの蓋?」

悠「ああ、ペットボトルの蓋は包丁よりも使いやすくて、ウロコが飛びにくい。やりかたは、蓋を鱗に当てて左右にこするだけだ。」

葉月「そうなんですね。初めて知りました。」
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