ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました弐幕【8】

ー大江戸学園:林内ペンションー

葉月「あたしたちにチェックアウト勧めたのも変よね。台風がきてるから心配してくれるのはわかるけど、なんだか焦ってるみたいだった。」

和斗「ただ台風は、ほんとに心配です。あしたチェックアウトするにしても、交通機関が止まったら……」

葉月「困るけど、時効成立の瞬間をここで見届けたいの。まあ、そうはいっても、何にも起きないだろうな。」

和斗「わかりませんよ。あのトランクの中身が五億円だったとしたら……」

葉月「今夜で時効だから、その前にみんなを帰そうとしてるってこと?」

和斗「うわ、だったら、やばいなあ」

葉月「でも皿井さんは、どうして森に行くんだろう。」

和斗「今夜、時効が成立するまでかくれてるとか」

葉月「じゃあ、悠さん達は?」

和斗「わかりませんけど、もしかして皿井さんを追いかけて……」

しだいに想像が膨らんで、ふたりは足を速めた。

森は奥へと進むにつれて勾配がきつくなり、足元が悪くなった。大きな木の根っこや岩があちこちにあって歩きづらい。

葉月が何度も転びそうになったが、危ういところで支えた。その度に手や身体が振れ合って胸がどきどきした。

森はますます深くなり、急な斜面をのぼるのに苦労した。森に入って大分歩いたが、悠たちも皿井もいない、風はますます強くなってきたし、帰り道で迷う可能性もあるから、これ以上歩くのは危険だった。

もう引き返そううといおうと思ったその時だった。

葉月「あれを見て!」

葉月が指さした。それを見たとたん、ぎっとした。

森の奥に大木があって、太い枝からロープが垂れ下がっている。ロープの先端は輪になっていて、それはまさしく映画やテレビで目にする首吊りの形状だった。

大木を目指して大急ぎで歩いていくと、ロープの下には折り畳み椅子が置かれている。その横に皿井が持っていたボストンバッグがある。

もしかすると、皿井は自殺するつもりで森に入ったのか。

ふと大木の影に、ふたつの人影が見えた。

相手に見つからないよう腰をかがめて目を凝らすと、それは皿井と城だった。風と葉擦れの音で聞き取れないが、城は厳しい表情でなにか怒鳴っている。

葉月「まさか城ちゃんは、五億円を横取りするために……」

和斗「皿井さんを自殺させよと……」

と和斗がいったとき、前方の茂みから、ぐおッ、と異様な方向が響いた。そこに目をやると、がさがさと茂みが揺れて、真っ黒いものが姿を現した。

それは大きな熊だった。
64/86ページ
スキ