ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました弐幕【8】

ー大江戸学園:林内ペンションー

リビングダイニングでは、葉月が冴えない表情でノートパソコンのキーボードを叩いている。皿井の不可解な態度やトランクの件を話したいが、そばに飴矢が居るから喋れない。

飴矢は台風情報が気になるらしく、熱心にテレビを観ている。悠は二階にいるのか、リビングダイニングにはいない。

壁の振り子時計を見ると、三時過ぎだった。

ふと小用を催してトイレに入った。換気の為にすこし開けた窓から、庭が見える。その庭の向こうを、皿井がフラフラと横切った。

ゆうべ持っていたボストンバッグをさげているが、何処へ行くつもりなのか。病院に行くのなら車に乗るはずだ。

トイレを出た後、気になって庭に出てみた。

あちこち見まわしたが、皿井はもういなかった。あきらめてペンションに戻ろうとしたら、建物の向こうから城の声が聞こえた。

城「悠さん、やっと見つけました。かなり険しい場所ですけど。」

悠「よし、いこう。」

ペンションの壁に張りついて覗いてみたら、悠と城が立っていた。

怪しい気配に、慌てて身を隠した。少しして、二人が去っていく足音がした。ふたたび覗いてみると、ふたりはなぜか森に向かっていく。ふたりはトレーニングウェアのようなものを着て、城はリュックを背負っている。

和斗はいそいでペンションにもどって、葉月のそばにいった。

和斗「ちょっといいですか」

耳打ちし、葉月を廊下に呼び出して、いままでのことを話した。

葉月「皿井さんも変だけど、悠さん達も気になるね。」

和斗「そうでしょう。やっとみつけたって、なんのことだろう。」

葉月「後を追ってみようか。いまペンションを出れば、まだ間に合うかも。」

和斗「原稿はいいんですか?」

葉月「うん。どうせ無理っぽいし。」

和斗「わかりました。いきましょう。」

台風が近づいているし、そろそろ夕食の買い出しに行く時間だが、皿井や悠たちがなにをするのか知りたい。

和斗と葉月はそのまま玄関を出て、森に向かった。

悠たちが歩いていった方向に急ぎ足で歩いたが、森の中は暗いせいで見通しが悪い。台風の接近を予知してか、セミの声も鳥の鳴き声も聞こえない。

強い風が吹きつけるたび、ざあッ、と雨のような葉擦れ音が響く。

葉月「皿井さんは、どうしてバイト代を払おうとしたのかな。」

葉月が歩きながら聞いた。さあ、と和斗はいって

和斗「なんででしょうね。僕が倒れたりして、バイト代が払えないと困るから、って縁起でもないことをいってましたけど。」
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