ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました弐幕【8】

ー大江戸学園:林内ペンションー

そうですか、と皿井は張りのない声でいって悠の方を見た。

皿井「悠さんたちは」

悠「あした出ていくよ。」

皿井「しかし、あしたも道路や交通機関に影響があるかも……。」

悠「心配するな。それより顔色が悪い。飯を食ったらどうだ。」

皿井「ありがとうございます。でも、ぜんぜん食欲がないので……。」

葉月「皿井さん、まだ休んでたほうがいいですよ。すごく疲れてるみたいだから」

葉月が言うと、皿井は一礼して事務室に引っ込んだ。



午後になって、風邪は一段と強さを増した。

雨はまだ降ってないが、空は薄暗く雲の流れが速い。

台風情報の進路予想図では、首都圏はもう強風域に入っている。二階にあがって清掃やベッドメイキングをしていると、皿井が青い顔で近寄ってきた。

皿井「ごめんね。まかせっきりで。ぼくもやるから。」

皿井は作業をはじめたが、いつもにくらべて手際が悪い。

和斗「今夜、居酒屋の営業はどうしますか?」

聞くと、ああ、と皿井は間の抜けた返事をした。

皿井「台風じゃ、お客様は来ないよ。臨時休業にしよう。」

和斗は作業をしながら、皿井が留守中の来店客について話した。胡桃沢のことも伝えたが、皿井は上の空で頼りない相槌を打つだけだった。あらためて顔を見ると、表情はうつろで身体もふらついている。

見かねて休んだ方がいいといったら

皿井「ありがとう。じゃあ、仕事が済んだら事務所に来て。」

皿井はおぼつかない足取りで一階に降りていった。

ゆうべ見たトランクの件で、何か言われると思って緊張した。清掃とベッドメイキングを終えて事務室に行くと、皿井は白い封筒を差し出した。

首をかしげた。

和斗「これは、なんですか?」

皿井「今日までのバイト代。」

和斗「これは、なんですか?」

皿井「今日までのバイト代。」

和斗「えっ、バイトは今月末までじゃ……」

皿井「そうだけど、これからの分は売り上げから取って」

和斗「それって、どういうことですか。」

もしもの話だよ、と皿井は力なく笑って

皿井「僕が倒れたりして、バイト代が払えないと困るから」

和斗「そんなに体調が悪いんだったら、病院にいったほうが……」

皿井「うん。そうするかもしれない。そのときはたびたび申し訳ないんだけど、お客様のことをよろしく頼むね。」

和斗「わかりました。でもバイト代はいまじゃなくていいです。」

皿井はうなずいて、手提げ金庫に封筒をしまった。
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