ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました弐幕【8】

ー大江戸学園:林内ペンションー

ふたりはそっと階段を降りて事務室に入った。葉月はトランクを見ると、さすがに首をかしげた。

確かに怪しいね。中身は何だろうっと、葉月は寸法を測るように両手でトランクに触れた。

葉月「日本銀行で一億円をパックする時は、一千万円の札束を四角く十個那の。大きさは横が三十八センチ、縦が三十二センチ。百万円の札束が高さ一センチだから高さは十センチ。五億円はその五倍だから……」

和斗「ってことは?」

葉月「このトランクに十分入るわね。あとは重さだけど、一億円で十キロだから……」

和斗「僕が持ち上げてみましょう。」

和斗がトランクに手を伸ばしたとき、表で車が停まる音がした。ぎょっとして耳を済ませたら、足音がこっちに近づいてくる。

葉月「誰だろう…」

葉月が怯えた声でいった。

相手がだれにしろ、こんな状況を見られるのはマズい。は急いでドアを閉めると、書類棚を元の位置に戻した。

ふたりが事務室を出ると同時に、玄関のドアが開いて皿井が入ってきた。



リビングダイニングの窓の向こうで、森の木々が風に揺らいでいる。もう六時半なのに空は暗く、分厚い雲が低く垂れている。

和斗は不穏な景色に胸騒ぎを覚えつつ、寝不足の目をこすった。

テレビはさっき電源を入れてからずっと、台風情報を流している。

『大型で非常に強い台風十二号は勢力を保ったまま本州に上陸し、今夜には首都圏に接近する見込みです。気象庁では暴風による交通機関の乱れや、大雨による土砂災害に最大限の警戒を呼び掛けています。台風の中心気圧は九百三十五ヘクトパスカル、中心付近の最大風速は五十メートル、最大瞬間風速は……』

進路予想図を見る限り、台風が反れる可能性はなさそうだった。こんな山奥だけに、どんな災害に見舞われるか不安だったが、不安なことは他にもある。

ゆうべ皿井が帰ってきたときは、トランクを見たのがバレたかと思って肝を冷やした。しかし皿井は気付かぬ様子だった。

あんな時間に葉月とリビングダイニングに居たのに怪しむでもなく

皿井「なかなかタクシーが捕まらなくて、こんな時間になっちゃった。」

憔悴しきった表情でいった。

何故連絡してくれなかったのかと聞くと、皿井は平謝りで詫びた。妻の看病でバタバタしてて電話できなかったという。

妻が倒れたのは、医師の診断によると過労とストレスが原因らしい。
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