ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました弐幕【8】

ー大江戸学園:林内ペンションー

よし、やるぞ。

胸の中でそう呟いて、布団から起き上がった。

足音を忍ばせて部屋を出るとリビングダイニングの照明をつけ、こっそり事務室に入った。緊張をほぐすために深呼吸してから、問題のドアの前にある書類棚に両手をかけた。

物音を立てないように息を殺して書類棚をどけると、木製のドアが現れた。

鍵がかかっているかと思ったが、ドアノブはすんなり回った。一気に鼓動が早くなって胸が苦しい。

大きく深呼吸をしてから、ゆくりとドアを開けた。

とたんに目を見張った。ドアの向こうは物置のような小部屋で、そこにジュラルミン製の大きなトランクが三つ、積み上げてある。

和斗は震える指先で、いちばん上にあるトランクの留め金に手を掛けた。けれども、ひとりで中身を見るのは怖い。

開けてみるまえにトランクのことを葉月に知らせようと思った。こんな時間に起こすのは気の毒だが、朝になったらトランクを開ける機会はない。

和斗は忍び足で二階にあがると、一番の部屋を遠慮がちにノックした。

和斗「葉月さん、遅くにすみません。」

ドアに顔を寄せて囁いた。すぐには起きないだろうと思ったら、間もなくドアが開いた。

葉月「どうしたの?」

顔を出した葉月は心なしか疲れた表情だ。
まだ寝ていなかったようで、室内には明かりが灯っている。

和斗「実は…」

といいかけたら、葉月はため息をついた。

葉月「お風呂からあがって部屋に戻ったら、編集長からメールが来てたの。原稿はまたボツだって」

和斗「そ、そうなんですか」

葉月「もう、どうすればいいのかわかんない。締め切りは明日だから、少し時間はあるけど、やっぱりダメみたい……。」

和斗「えーと……」

何といえばいいのか悩んだが、トランクのことを伝えると

葉月「いくら疑わしいって言っても、勝手に開けるのは良くないよ。」

彼葉月は眉をひそめていった。彼女を喜ばせようと思ってやったのに、コソコソした行動を嫌われたらしい。和斗は狼狽しつつ

和斗「で、でも葉月さんも、何があるのか気になるって……」

葉月「そりゃそうだけど、皿井さんが犯人かどうか分からないじゃん。確信もないのに、無断でプライベートなことを詮索するのは良くないと思う。」

和斗「そ、そうですね。ただ、いちおうトランクを見てもらえませんか。」

葉月は不満げな表情でうなずいた。
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