ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました弐幕【8】

ー大江戸学園:林内ペンションー

悠「ひとを頼ると期待をする。期待はしばしば裏切られる。裏切られれば相手を恨む。」

葉月「恨むほどじゃないですけどショックですね。」

悠「人を頼るのなら、相手を信じることだ。」

葉月は目をしばたいた。

葉月「頼るのも信じるのも、似たような感じですけど……」

悠「信頼という言葉は信じて頼ると書く。信じるというのは賭けるということだ。賭けに負けたのは自分の見る目がないせいで、相手を恨むのはお門違いだ。」

葉月「そっか。そういう風に考えたら、気分がスッキリします。相手が悪いって思うから、自分もつらくなる。」

城「期待しないで済む分、頼りがいが無い人の方がいいかもしれませんね。」

葉月「あ、そういう考え方もありますね。」

城「頼りがいが無い人なら、身近に居ませんか?」

城はにやりと笑って、こっちを見た。

思わずぎくりとしたら、葉月と目が合った。とっさの沈黙に耐えられず、あっ、あのあの、と意味不明なことを口走った。

和斗「あの、今日の夕食はなにが食べたいですか?」

葉月「えーと、原稿でくたびれたからスタミナがあるものかな。お肉も食べたいし、海鮮も食べたいし……」

和斗「なかなか、難しいですね。」

しばらく考え込んでいると、悠はメモ用紙にペンを走らせた。

悠「これを買って来い。」

メモ用紙には豚バラのかたまり肉、剥き海老、玉ねぎ、にんにく、コーン缶とあるが、なにを作るつもりなのか、さっぱり分からない。

ふと悠はさっき葉月だけでなく、自分に対しても語りかけた気がした。料理で困るたび、悠を頼っているのに信じてはいない。

悠にそれを見抜かれているようで、落ち着かなかった。

二時を回ってスーパーへ買い出しに行った。

曇り空のせいで国道沿いの森は薄暗く、景色が映えない。

葉月は原稿をかき上げて余裕ができたからか、今日も買い出しについてきた。葉月は、漁って帰ってしまう。こうしてふたりで車に乗るのはこれが最後かもしれないと思ったら、寂しさがつのった。

和斗「葉月さんは、あさって帰るんですよね。」

予定を確かめるつもりで聞くと

葉月「うん。ひまになったら五億円強奪事件についても調べるつもりだったけど、もう手遅れね。あした日付が変わったら時効だもん。」

和斗「まだ時間はありますよ。何か調べたいことは無いですか?」

葉月「調べたいけど、いい加減な先入観で犯人捜しはしたくないの。きょう悠さんの話を聞いて、そう思った。人を疑うより信じた方がいいなって。」

和斗「犯人を見つけるためには、疑うしかないんじゃ……」

葉月「でも犯人でもない人を疑ったら、後で自分が嫌になりそう。あたしってしょせん甘ちゃんなのよね。伝手も行動力もないのに、事件のこと調べようなんて。」

和斗「そんなことないですよ。葉月さんは立派に自立してるじゃないですか。僕なんか、何もできなくて悠さんに頼ってばっかりだし……」

葉月「そんな自分を卑下しなくていいよ。」

和斗「でも定食もないフリーターだし。」

葉月「またそんなことをいう。もっと自信もって。」

和斗「……はい」

葉月「今だって皿井さんが居ないのに、一人でちゃんとやってるじゃん。」

葉月がそう言ってくれるのは嬉しかった。が、励まされるとかえってつらくなるのは、なぜなのか。

ひとつだけハッキリしているのは、葉月がペンションを発つまでに、二人の時間をもっと共有したいということだ。
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