ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【2】

ー新宿:茶屋小鳥遊堂ー

悠「あっちぃ…。」

寅「その前髪切りゃあ少しは風通りよくなるんじゃないか?」

このところ毎日のように来る右京山寅は、さっきまで食っていた団子の串をおれに向けながらいった。これでも常連客なので、ちゃんと対応する。

悠「うるへーよ。おれは前髪が無いとダメなんだよ。」

寅「意味がわかんねぇし。茶。」

悠「おれはお前の嫁か……」

寅「キモいんだよ……。っーより、客の茶が無くなってんだから見越して淹れろよ」

痛いくらいの正論。おれは嫌味でもいってやろうかと思ったけど、キレてファイトに持ち込まれたりすると面倒なので黙ってお茶のおかわりを準備する。別に寅が怖い訳じゃない。うん。

朱金「よーう。悠、はな、おれにも熱~くって渋いの頼むぜ。」

はな「いらっしゃいませです」

悠「サボりか?」

朱金「休憩だよ休憩。このあっついのに仕事なんかやってられっかよ」

悠「それでも熱い茶を飲むんだな」

朱金「茶は熱いのに限るだろぅ。」

江戸っ子口調で舌を巻く朱金におれは苦笑いした。極度では無いといえ猫舌気味のおれには同意しかねる意見だった。

寅「ん…あれ?」

悠「どした?」

寅「お前さライターとか持ってないか?」

悠「ライターは無いが火ならコンロで着くぞ?」

寅「じゃあ、タバコに火つけてきてくれ。」

悠「お前タバコ吸うのか?」

おれは寅からタバコを一本受けとって口にくわえた。奥に入ってコンロで火を着ける。口のなかに広がる煙たさに咳き込みそうになった。

寅「一日三本だけな。お前は?」

悠「おれは煙草嫌いだ。」

寅「そうか。」

おれからタバコを受けとると寅は高く煙を吐き出した。入道雲みたいに大きな紫煙は霧散していく。

朱金「悠は酒もやらないのか?」

悠「いや、そっちはイケる口だ。ただ、タバコが嫌いなだけ。」

寅「ふぅん。いかにも吸ってそうな感じだがな。それにお前タバコ持ってねえか?」

少し驚いた。おれは吸いはしないけどいつもポケットにアークを入れてある。
ひとまえでは出さないから多分知ってる奴はいないと思っていたのに……。
おれは一応とぼけてみた。

悠「え?なんで?」

寅「微かにアークの匂いがした気がした。」

鼻が効くらしい。アークはバニラに似た独特の香りがある。それにしても、吸いもしなかったら匂いなんか極々わずかなはずなんだけどな。

朱金「っていうか、お前らよ。オレ(奉行)の前でタバコだの酒だのの話がよくできやがるな」

悠「朱金、だいぶツケがたまってるけど?」

朱金「ま、遊び人のオレには関係ない話だったな。あははは。」

寅「それでいいのかよ…。」
65/100ページ
スキ