ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました弐幕【8】

ー大江戸学園:林内ペンションー

悠はポン酢であえた鶏皮を小鉢に取り、刻んだ青ネギをまぶして柚子胡椒を添えた。

和斗「これはなんですか?」

悠「皮酢だ。九州の焼き鳥屋にはたいていある。」

皮酢は鶏皮の旨味、ポン酢の酸味、青ネギの甘辛さがマッチして酒のつまみに最高の味わいだった。柚子胡椒を混ぜたら、さらに辛さと旨味が増す。いったん茹でているせいか、皮の脂はあっさりして甘い。

そのタレを、キャベツにつけて食うのが旨いと悠が言った。

さっそく皮酢のタレをキャベツにつけて食べてみた。鶏皮の脂がしみでたタレはコクがって、ちぎっただけのキャベツが何倍も旨くなる。

皿井「ほんとうにありがとうございます。鶏料理は安くておいしいから、居酒屋で出すにはうってつけですね。」

皿井は感動した面持ちでいった。しかし悠はそれには答えず

悠「なんでペンションを始めた?」

唐突な質問に皿井は目をしばたたいた。

皿井「なぜって親父のあとを継いだからですけど……。」

悠「それだけとは思えない。何か他にやりたいことがあるんじゃないのか?」

皿井「えっ、ど、どうしてですか?」

悠「仕事に身が入ってないからだ。」

皿井「そんなことないです。料理や経営の才能は乏しいですけど、一生懸命に接客してますし……」

悠「仕事に必要なのは、才能より真剣さだ。」

皿井「僕は真剣にやってないと……」

悠「真剣さってのは、我を忘れて夢中になることだ。無理や我慢をしてやるのは労働にすぎん。」

悠はそう言って厨房を出ていった。




六時になって、リビングダイニングに料理を運んだ。飴矢は待ちかねたように食べ始めると、まもなく顔をほころばせた。

飴矢「どれも激旨だよ。三品とも定番メニューにすればいい。」

葉月「ホントに美味しい。鶏ばかりなのに、ぜんぜん飽きない。」

葉月は酒が強くて、生ビールを二杯もおかわりした。悠と城もテーブルにいて悠は料理を肴に冷酒を飲んでいる。

悠は自分で作っただけに新鮮味に欠けるだろうが、城は皮せんべいと皮酢を夢中に食べている。

テレビでは混迷する政界や夏祭りのニュースが流れている。

悠にいわれたことが応えたのか、皿井はいまひとつ元気がない。料理や酒を運ぶと、みんなと喋るでもなく厨房に引っ込んでしまう。

しばらくして、いつものように常連の二人がやってきた。
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