ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました弐幕【8】

ー大江戸学園:林内ペンションー

和斗「料理は美味しかったし、すごく混んでました。ただ大将の愛想は悪いですね。ちょっと早めに店に入ったら、包丁研いでるから話しかけないでって」

飴矢「そういう時は集中してるからさ。ところで、今日の夕食なんだろう」

飴矢はつま先立立って、悠たちの方に目をやった。皿井がこっちに振りかえっていった。

皿井「居酒屋の定番になるようなメニューを小鳥遊さんに聴いてたんです。今日から試食を兼ねた小料理をちょこちょこ出しますんで、ぜひ飴矢さんと葉月さんの感想を聞かせてください。」

皿井はすっかり悠に頼っている。悠の料理は確かに美味しい。これからどのぐらい手伝ってくれるのだろうか。

カーオーディオから流れるラジオニュースが、イカ前に南鳥島近海で発生した台風十二号が小笠原諸島に接近していると告げた。もう台風の季節かと思ったら、夏の終わりが近づいているようで寂しい。

それよりも寂しいのは、後五日で葉月が帰ってしまうことだ。自分に自信が持てないのは相変わらずだし、交際を申し込むような勇気はない。

けれども葉月がいなくなると思ったら胸が苦しくなる。残された時間の中で、彼女にはいい思い出を作って欲しい。そのためには原稿のことで力になりたいが、何もできない自分が虚しかった。

壁の振り子時計は、四時をさしている。

和斗はリビングダイニングで、十人掛けのテーブルを拭いていた。テーブルの真ん中には灰を敷いた四角い穴があって、南部鉄器の鉄瓶が置いてある。ここがうどん屋だった頃は囲炉裏として使っていたらしいが、いまは飾りた。

二時を過ぎた頃、皿井からメモを貰ってエブリイで買いだしに出た。

メモには鶏もも肉、鶏皮、キャベツ、柚子胡椒、青ネギ、ラッキョウといった食材が並んでいる。鶏もも肉はともかく、鶏皮で何を作るのかわからない。

皿井「そのテーブルはケヤキの無垢材だからね。おやじのお気にいりだった。」

和斗「そうなんですね。」

そのとき固定電話がなって、皿井が受話器を取った。

皿井「お電話ありがとうございます。ペンションサライです。あっ……はい。それはもうわかってます。期限までには必ず……」

明るい声でいったが、急に声を潜めて皿井は間もなく電話を切ったが、さっきと違って表情が曇っていた。

和斗「……」

皿井はこちらの視線を気付いたのか、ぎこちない微笑を浮かべた。

皿井「さあ、夕食の準備をしようか」
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