ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました弐幕【8】

ー大江戸学園:鮒口ー

スマホで時間を見たら十一時五十分だった。このまま待とうかと思ったが、奥にずらりと並んだテーブル席に客はいない。

気まずい雰囲気にいったん外に出たら、いつのまにか入り口の前には行列ができていた。割り込んだかと思われたのか、客たちは咎めるような視線を向けてくる。

和人と葉月は、仕方なく行列の最後尾に並んだ。

満席になりそうで心配だったが、ぎりぎりテーブル席に座れた。

よほどの人気店らしく、店内の壁には芸能人やスポーツ選手のサイン色紙や写真が所せましと貼ってあり、従業員たちが注文を聞きにはしりまわっている。

葉月が周囲を見回していった。

葉月「すごい繁盛ぶり」

和斗「これだけ忙しかったら、やりがいがあるでしょうね。」

葉月「でも、バイトはヒマな方が楽でしょ」

和斗「楽ですけど、そのぶん退屈ですよ」

葉月「ふーん、和斗くんって働き者なんだ。」

二人は一番安い煮魚定食を注文した。それでも値段は千円と高めだが、評判の店だけあって、確かにうまかった。ただ次から次に客が来るから、気ぜわしくてのんびりできないのが難点だった。

メニューに書かれた営業時間を見ると、オーダーストップは夜の八時半で閉店は九時だった。営業時間が短いのは繁盛しているからだろう。

葉月は私が驕るといったが、勘定は割り勘にして鮒口を出た。ペンションに戻る途中、テレビ局の中継車とすれ違った。

葉月がそれを振りかえった。

葉月「こんなところで珍しいね。なんの放送だろ。」

和斗「なんですかね。グルメ番組で鮒口の取材するのかも。」

葉月「取材かぁ。あたしも自分探しのルポなんかより、グルメ特集みたいな記事が良かった。」

和斗「その後どうですか。進み具合は?」

葉月「ぜんぜん進まない。締め切りまでは後五日しかないのに。」

ペンションに戻ると、リビングダイニングに悠と城が居た。

テーブルの向かいで皿井が熱心にメモを取っている。皿井と悠の会話からすると、夕食は何にするか相談しているらしい。

ウッドテラスに飴矢が居ないと思ったら、浴室の方から歩いてきた。飴矢は風呂上りのようで、濡れた髪をタオルを拭いている。

葉月「あれ、なるべく外にいるんじゃないんですか?」

飴矢「この時間は暑くて無理。ずっと外にいると虫も寄ってくるし。」

飴矢は苦笑いして、鮒口はどうだった?と聞いた。
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