ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました弐幕【8】

ー大江戸学園:林内ペンションー

飴矢は昨日、おにぎりをたらふく食べたうえに、夕食に出した豚の生姜焼きも残さず平らげた。

きょうの朝食は、冷やし蕎麦と稲荷ずしの予定だったが、悠のアドバイスでレモン蕎麦になった。茹でたあと冷水でしめた麺に、そばつゆとレモンの絞り汁を加え、うすく輪切りに舌したレモンを五つも乗せた。そこに粗びきのブラックペッパーを振り、少量のオリーブオイルを垂らした。

変わった取り合わせだけに味が心配だったが、さわやかなレモンの風味が蕎麦にマッチして、夏の朝食に最適だった。飴矢はおかわりもしたから確かに食べ過ぎだ。

葉月は陽炎の立つ道を軽い足取りで歩きながら言った。

葉月「あたし、正直言って料理に詳しくないの。ただお腹いっぱいになればいいって感じで、食生活もめちゃくちゃだった。」

和斗「僕だってそうですよ。両親も食事に興味ないし、一緒に食べるのが気まずいときはコンビニかファストフードでした。」

葉月「でも小鳥遊さんの料理を食べてから、考え方が変わった。食べるって、こんなに楽しくて奥が深いんだって」

和斗「昨日のおにぎりは、マジでびっくりしました。ただ……」

葉月「ただ?」

和斗「若干、怖いというか迫力があるというか何というか……」

だよね、と城は笑った。

ペンションをでてから十分ほど歩くと、道路の向こうに鮒口が見えてきた。

大きな瓦屋根の和風建築で、見るからに高級そうな雰囲気だった。

店の前には広々とした駐車場があり、かがり火を模した照明やお茶屋で見かける赤い毛氈をかけた縁台が置かれている。まだ回転には早い時間だというのに駐車場は殆ど満車で、客たちが縁台にかけていた。

葉月「どうしてお店に入らないんだろ」

和人は首をかしげていった。

和斗「なんででしょうね。とりあえず入ってみましょう。」

店の入り口には、鮒口と墨文字で書かれた白い暖簾がかかっている。

ふたりは格調のある格子戸を開けて、店内に入った。

白木のカウンターの向こうで白い作務衣を着て和帽子をかぶった男が包丁を研いでいた。血色の良い肉厚の顔で、でっぷり肥えている。貫禄のある風貌からして、この男が店主の鮒口らしい。

いらっしゃいとかもいわないので、カウンター席につくのがためらわれる。

あのう、と恐るおそる声をかけると、鮒口はこっちを見ようともせずにいった。

鮒口「いま話しかけないで。包丁研いでるから。」

和人「すみません」

鮒口「昼は十二時からだよ。」

鮒口はぶっきらぼうに言った。
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