ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました弐幕【8】

ー大江戸学園:林内ペンションー

和斗「それはゆうべ悠さんから、作るようにいわれてたんです。」

葉月「じゃあ悠さんは、ゆうべからおにぎりを作るつもりだったんですね。」

悠「おにぎりかどうかは決めてなかったが、飯が余ってたからな。大根には、消化を助けるジアスターやブロアテーゼといった酵素が豊富に含まれている。梅干しの酸っぱさは、疲労回復に効果があるクエン酸だ。」

和斗「ぜんぶ身体が欲しがってる物ばかり。だから、すごく美味しいんだ。」

悠「それだけじゃない。おにぎりは外で食べると旨さが増す。」

葉月「そっか。それもぜったいありますね。」

城がまっすぐに飴矢をみていった。

城「どうですか、そのおにぎりは?人生で一番美味しいですか?」

きまり悪そうに飴矢はうなずいた。

飴矢「え、ええ。まあ……というか、僕に長歩きさせて汗をかからることで、おにぎりと麦茶を更においしく感じさせた。そういうことですか?」

悠「ゆうべも言ったとおり、味覚は食べる者の体調や気分が影響する。旨いものを、食わせるにはそれに応じた状況を作りだせばいい。」

飴矢「小鳥遊さんは、僕が歩けなくなるって見抜いてたんですね。」

悠は意味ありげにふふっと笑うと立ちあがりながら背伸びをして庭へと出ていった。




アスファルトの陽炎が揺らいでいる。
道の両側に並ぶ民家や商店の屋根は、日差しの照り帰りが眩しい。屋根の向こうには緑の山が迫り、青空に入道雲がわいている。

和斗は葉月とふたりで国道を歩いていた。

まだ十二時前だが、きょうは早めに掃除が終わって手が空いた。リビングダイニングには葉月がひとり、珍しくエアコンの真下に飴矢が居なかった。

どこへいったのかと思ったら、飴矢はウッドテラスでスマホを見ている。テーブルにはコーラではなく麦茶のグラスがある。

和斗「飴矢さん、どうしたんだろ。」

くすりと笑って葉月が言った。

葉月「今日から、なるべく外にいるんだって。」

和斗「悠さんの影響ですかね。」

葉月「だふん。ね、暇だったら鮒口でお昼食べない?」

鮒口はたしか昼間は定食を出している。飴矢が絶賛していただけに一度行ってみたかったから、すぐに賛成した。飴矢も誘ったが。

飴矢「昨日から食べ過ぎなんでやめとくよ。」

和斗「もしかしてダイエットですか?」

飴矢「違うよ。もっとおいしく食べるために腹をすかしてるんだ。」
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