ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました弐幕【8】

ー大江戸学園:林内ペンションー

少しすると常連客もやってきて餃子を肴にビールを飲んだり、枝豆の注文が入ったりはしだした。

和斗「ラーメンが売れませんね。」

皿井「ご飯もあまりそうなんだよ。シメで頼んでくれたらいいんだけど……」

七時になると悠が顔を出した。厨房を一瞥して。

悠「今日のメニューはなんだ?」

和斗「ラーメンと餃子です。枝豆と冷奴もあります。」

悠「そうか。」

話をしていると今度は飴矢が戻ってきた。鮒口でだいぶ飲んできたのか、顔が赤い。飴矢は椅子に腰を降ろすと、満足げな笑みを浮かべた。

和斗「なにを召し上がったんですか」

飴矢「今日は天ぷら。エビ、アワビ、キス、ハモ、タコ、カボチャ、ナス、グリーンアスパラ、デザートはスイカのヨーグルトムース。」

和斗「豪華ですね。」

飴矢「いまが旬のキスやハモもうまかったけど、アワビは絶品だね。」

悠「グルメを気取るほどじゃないな。」

飴矢は度の強い眼鏡を中指で押し上げると、むっとした表情をした。

飴矢「僕のブログ見たことあるの?」

悠「ない」

飴矢「僕がどれだけ食にこだわってるか知らないんでしょう。なのに、どうしてそんなことが言えるんだ」

悠「それがわからないのに、ブログにあれこれと書いてるのか」

飴矢「なにを書いたって、僕の勝手でしょう。他人からとやかく言われる筋合いはない」

悠「もちろん書くのは勝手だ。しかしブログに書いて世間に公表した以上、他人からとやかく言われるのはやむを得ない。」

飴矢「僕が今まで何千件の店を食べ歩いていると思うんですか。ミシュランの星がある店だって何十軒も言ってる。」

悠「どんな店に何軒行こうと、それは店に行ってるだけだろ。」

飴矢「そんなわけないですよ。ミシュランに載るほどの店で贅沢したからこそ、わかることがあるんです。」

悠「贅沢とは浪費ではなく、心を満たすことだ。」

飴矢「そういう部分もあるにせよ、たくさんの店でたくさんの料理を食べた方が、知識も経験も増えるでしょう」

悠「映画を何千本観たからといって、映画監督や俳優になれるわけじゃない。何万曲の名曲を聞いたからと言って、歌手や名作家にもなれない。」

飴矢「僕は料理人になりたいわけじゃない。客の目線で正当に評価してるんです。」

悠「味覚は食べる者の嗜好は勿論、体調や気分も影響する。同じ料理でも日によって印象は違うだろう。それで正当な評価と言い切れるのか?」
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