ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました弐幕【8】

ー大江戸学園:林内ペンションー

皿井「小鳥遊さんが見たら、また何か言われそうだな…。」

和斗「でも出来合いなら簡単なのに、手作りにこだわってるのはいいと思います。」

冷奴は絹ごし豆腐に刻んだ青ネギとおろし生姜と削り節を散らし、醤油をかけるだけだから簡単。

出来上がった料理の味見をすると、ラーメンはあっさりした味わいの中に鶏ガラの旨味が効いていた。餃子も形は歪だが、味は悪くない。もっとも、一番無難で旨かったのは冷奴だった。

夕食の準備が終わって、少し時間ができた。リビングダイニングに戻ると、飴矢はもう出かけていた。

葉月は珍しく疲れた表情でテーブルに突っ伏している。どうしたのかと聞いたら、現行が遅れているという。

葉月「何回も駄目出しされちゃって、どうしたらいいかわかんないの。」

和斗「どういう原稿なんですか」

葉月は大手出版社から出ている月刊誌の名前を口にして

葉月「来月号で、現代の若者をテーマにした特集があるの」

和斗「それを葉月さんが書くんですね」

葉月「そう。ここに来る前に取材した、自分探しのルポ。」

和斗「自分探し?」

葉月「あたしと同世代の人達に話を聞いたんだけど、編集長がこれじゃ載せられないって」

和斗「なにがいけないんですか?」

葉月「ただインタビューを並べているだけで、ぜんぜん深みがないって。このままじゃボツになりそう」

和斗「もしボツになったらその分のお金は……」

葉月「ゼロ」

和斗「せっかく取材したのにゼロは酷いですね」

葉月「毎月給料が出てるのは出版社の社員だけよ。あたしみたいなフリーライターは、現行が掲載されなきゃギャラは出ない」

和斗「フリーって大変なんですね。」

葉月「自由が効く分仕方ないよ。自分が選んだ仕事だし。」

さあ懲りずにやろうと、葉月はいって、再びノートパソコンに向かった。ペンションに長期滞在できるような仕事だから、羨ましいと思っていたが、取材までして原稿を書いたのに、ギャラが出ないのは厳しすぎる。

六時過ぎても、リビングダイニングはがらんとしていた。夕食をとったのは葉月一人とあって、作る側も張り合いがない。

葉月は現行で悩んでるせいかあっというまに料理を食べ終わって、ノートパソコンのキーボードを叩いている。仕事に集中しているようだから声をかけるのがためらわれて、味の感想も聞けなかった。
13/86ページ
スキ