ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました弐幕【8】

ー大江戸学園:林内ペンションー

皿井「霧吹きですか?観葉植物用のなら、ありますけど」

悠「それでいい。よく洗ってくれ。」

皿井は霧吹きを持ってきてシンクで洗った。おれは食パンを二枚だすと、霧吹きでまんべんなく水を吹きつけてからオーブントースターに入れた。タイマーは長めにセット。

皿井「食パンを濡らして焼くんですか?」

悠「まぁ待て」

フライパンにオリーブオイルを多めに引いて、弱火にかけた。続いて卵を二つ、そっと割り入れると殻で黄身を押さえる。

皿井「……それは、どういう意味があるんですか?」

遠慮がちにきいてくるので。

悠「黄身が真ん中に来るように調整している。」

和斗「そんなことまで配慮するとは、すごい拘りですね。」

悠「家で喰うなら、そのままでいい。しかし客に出すのなら見た目も重要だ。同じ理屈で、見た目は重要だ。おなじ理屈で、目玉焼きには塩を振らない。」

和斗「なぜですか?」

悠「黄身に塩がかかると色がまだらになる。皿にあらかじめ塩を振っておき、その上に目玉焼きを乗せる。客に出すときは塩と粗びきのブラックペッパーを添え、好みで味を調整させればいい。」

皿に塩を振ってから、コンロのガスを強火にした。火加減と多めのオリーブオイルのせいで、白身のふちが茶色に焼け始める。

皿井「蓋はしないんですか?」

悠「それも見た目の問題だ。水を入れて蓋をすれば、黄身の固さを調整しやすいが、黄身は蒸されて白くなる。黄身の色合いを生かし、白身のカリカリとした食感を楽しむのは、この焼き方がいい。」

まもなく火加減を中火に戻すと、少しして火を止め、二つの目玉焼きを皿に載せた。目玉焼きは色鮮やかな黄身がぷっくりと盛り上がり、白身のふちに揚げたような焼き色がついている。

その上に少量のオリーブオイルを垂らした。同時にオーブントースターから、トーストが焼き上がった音がした。

さっき溶かしたバターを、二枚のトーストに手早く塗って皿に載せる。

悠「味見してみろ。トーストはまずそのまま食べてから、耳をちぎって目玉焼きの黄身をつけて食べる。濃い味が好きなら追いバターでもいい。」

皿井「追いバターって?」

悠「要はバターの二度塗りだ。食パンにバターを塗って焼き、焼き上がったら、またバターを塗る。あるいは食パンを普通に焼いてバターを塗った後、冷たいバターを乗せて食べるのも、味わいの違いがあってうまい。」

皿井と和斗はトーストを分け合って、さっそく食べ始めた。

皿井「こりゃ旨い!トーストはモチモチとした食感で、いつものとぜんぜん違う!」

和斗「半熟の黄身をつけたら、ねっとりととろけるような旨さですよ。冷たいバターを乗せると味に変化が出るし。」

皿井「水蒸気でトーストを焼くオーブントースターは知ってましたが、霧吹きでもいいんですね。」

悠「昔風の喫茶店の焼き方だ。」

皿井「トーストだけでも旨いのに、黄身をつけたら最高ですね。」

悠「バターと一緒にジャムを塗ってもいい。またはジャムと半々にするか、なるべく客のリクエストに応じるべきだ。」

皿井「そこまで気が回りませんでした。」

悠「黄身をトーストにつけて味わったら、白身をほぐして残りの黄身と混ぜて喰う。どう食べるかは客の自由だが、そうしたアドバイスをするのもサービスだ。」

皿井「ありがとうございます。おかげで勉強になりました。」

悠「客はペンションに非日常を求めてやってくる。普段と違う料理にしなければ魅力を感じない。安い食材でも手間を惜しむな。とりあえず、おれは自分の店があるから帰るぞ。あとは自分らでやってくれ。」

そういって厨房から出ると皿井と和斗は大急ぎで朝食の準備にかかりだす。
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