ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました弐幕【7】

ー絶命闘技会ドーム:闘技場ー

白薔薇山大山寺(しろばらざんだいぜんじ)鎌倉時代より数多の武芸者が修行に訪れた「聖地」である。

その門の前に老僧と二人の若き僧が並び氷室薫を見送っていた。

氷室「住職、お世話になりました。お陰で良き修行ができました。」

栄栄「うむ。」

手を合わせて軽く会釈で返した大山寺住職の栄栄(えいえい)。

氷室「大栄さん、北栄さんも修行に励んでください。」

若き二人の僧が声をそろえた。

「「南無ッッッ!!」」

氷室「それでは、皆さん、お達者で。失礼します。」

去っていく氷室の背を見つめながら大栄が静かに口を開いた。

大栄「……凄まじいお方です。」

死者が出ることもままある「煉獄行」。三日三晩、絶えること無き大炎に囲まれ祈祷を続ける荒行を、いとも易々と達成してしまわれた。

栄栄「……孤独とは修羅の道じゃな。」

大栄「和尚?」

北栄「孤独とは如何に?」

栄栄「あの御方は、明王の化身。105年生きたワシでさえ、あれほどの猛者を出会ったのは初めてじゃ。あの御方は強くなり過ぎた。しかし、あの域に立たなければ対等になれる友が居られるという。しかし、それは同時に闘える相手が、ただの一人のしかおらぬということ。故に「孤独」故に「修羅の道」。氷室殿は、巡りあえるのだろうか。「孤独」を埋める存在に。」





鞘香『加納選手左手から出血!!そして、氷室選手の左腕は無事のようです!!!』

アギト「……」

あの時、左腕を振るい遠心力を利用し、肘をはめ直したな。

至難の業をこともなげに行う技量。必然、加納の警戒が強まる。その心理を突き、氷室が攻めに転じた。両の腕を鞘(ポケット)へと収め前へと踏みこむ。

加納は見定める、右か。左か。氷室が攻撃の動作に入る瞬間、右肩が僅かに動いた。「武」のスイッチを入れ「先の先」で右ストレートの先手を打った。

だが、右の拳は抜かれない。アギトの剛拳を上半身を反らして避け、カウンターに【左鉤突き(左抜拳)】が打ち込まれた。

衝撃と激痛が、加納を襲う。内臓に痛覚はない。臓器を覆う腹膜が内臓痛を引き起こす。衝撃は腹膜を通じて、肝臓に到達。血流の低下によって、機能低下に至る。

アギトの体躯が大きくグラついた。そこに追撃が襲う。氷室の右腕が抜かれており、下がった顔面目掛け拇指による一本貫手が迫る。

無形状態に移行し、肩をぶつけ攻撃を反らすことに成功するが同時に顔面に何かが落ちてきた。額で目と鼻を押し潰す見本のような頭突きをぶちかまされたのだ。

体幹がズレ、肩を振るったせいで体勢も悪く、さらに頭突きによる視界不良かつ一拍の完全な隙が作りだされてしまう。

氷室はここに来て大きく腰を切った。牙は、かろうじて見える片目でその動きを捉えていた……。

魔槍かっ!!!

如何に闘技者であれどこんな状態からでは反撃には出れない。しかし、滅堂の牙はその常識を覆す。一瞬で「武」の状態に入り右ストレートでカウンターに氷室の顔面を打ちつけた。

はずだったが、氷室の姿が霧散する。放たれた右ストレートが虚しく空を切ると同時に、足を大きく開き拳を掻い潜り懐に踏み込んだ氷室の【左抜斧(左肘打ち)】が腹部を穿ち抜いた。ガボッとアギトは鮮血を吐き飛ばす。

わずか三撃でダメージは甚大。

何故、氷室の打撃は「響く」のか?

怪力を極め、おそらく世界最強の打撃力を持つ男。金剛。

打撃系格闘技の頂点、最速の打撃を擁する男。右京山寅。

両名の猛攻を凌ぎきった加納が、僅か三撃で、戦況を覆された。それはなぜか?

無形を発動し、距離を取りつつけん制しようとする加納の肩に右手刀が直撃する。体格が崩れるも歩に切り替え大きく後ろに跳ね飛ぶが一切の距離を開けさせぬように氷室は追従し、【抜槌(掌底)】で顎を打ち抜いた。そこで動きが止まった瞬間、ラバースーツのような戦闘服の首元を引っ掴み、右抜拳を叩きこもうとする。

当然、アギトもそれを読み武状態でショートアッパーで氷室の拳を打ち砕こうとしたが抜かれていた抜拳が突如軌道を変え抜斧(肘)で加納の顔面を打ち据えた。

答えは、「虚」。「武」←→「無形」切り替わりのタイミングを、既に氷室は見切っていた。加えて仕合序盤に刷り込まれた魔槍(抜貫手)への警戒。

警戒が、他の攻撃への対処を一瞬遅らせる。意識外からの攻撃故に、防御が間に合わない。故に、直撃する。

想像を絶する密度の鍛錬の果てに完成した重厚な打撃が、突如として叩きつけられる。故に響く。
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