ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました弐幕【6】

ー絶命闘技会ドーム:闘技場ー

「寅がおされてる……?」
「やべえよ……おい、やべえよ……」
「ボクシングじゃ【牙】に勝てないのか…?」
「やっぱり【牙】パネェ……」

さっきまで【牙】に飛ばしてヤジはすっかり鳴りを潜め、ざわざわと手の平を返す観客(お客様)たち。寅もアギトも微塵もそんな声に動揺も憤慨もしない。

アギト「……いつまで拘るつもりだ?」

寅「……何?」

アギト「足を使え。と、言っている。拳も、足も、肘も、膝も、持てるすべての力で挑んで来い。全力で応えよう。」

寅「…………勘違いしてんじゃねぇ。テメェが見るのは、「さらに先」だ。」

ニィッと挑発的な笑みを浮かべる寅。

アギト「……何?」

一瞬、気おされたアギトに寅が前へと踏みこんだ。そして弧を描く鋭いミドルキックがアギトを襲う。腕を縦てガードしたアギトだが、その蹴りの重さは骨に響く。

闘神の攻めは止まらない。足首目掛けての踏み下ろすようなローキックでアギトの足を止め、バックブローを横面へと振りぶつけ込んだ。体勢が崩れるアギトに向かい膝蹴りを放つ。

それは、ボクシングではなく、またキックボクシングでもなく、ムエタイの技。

誰もが思った。「寅が、ボクシングを見限った」。

膝蹴りを両腕ガードを受け止めるアギトを抑え込むようなラッシュにつぐラッシュを仕掛け攻め手を一切緩めない闘神。

滅堂「ぬう!?……これはッ!!」

寅が使っているのは、ムエタイではない!!!

針に糸を通すような精密ながら剛のミドルキックがアギトの脇腹を打つ。瞬間、小足を出そうとするアギトだが寅をそれを許しはしない。ステップを踏みやや側面に陣取るとローで牽制し、顔面目掛けフックを穿つ。たまらずアギトは距離を取ろうと下がるがボディにショートアッパーを打ちこんだ。咄嗟にガードはしたものの足は止まり距離を開けさせない。

鞘香『む、ムエタイだッッ!!!!寅選手がムエタイを使っている!!??』

闘技会ドーム内のバーカウンターで自暴自棄になり酒に溺れていたサーパインがガンッとカウンターを叩いて身体を起こした。

サーパイン「こッッッ!!これはッッ!!!???」

ムエタイにおいて、パンチの重要度は極めて低い。理由としては、ムエタイの試合ではパンチが殆どポイントにならないこと。また、首相撲の発達により、パンチ主体のスタイルが振りになった事などが上げられる。

それ故に肘打ち、膝蹴り、回し蹴りが重用され、パンチを多用する選手は殆どいない。

寅はミドルキックを放つ。ガードさせたところに拳のラッシュ叩きこむ。しかし、アギトはパンチの終わりを抑える戦術を既に見出している。寅の右手首を掴み捕えた……のだが、寅は前蹴りでアギトの腹部を押し飛ばし、掴んでいた手を無理やり引き剥がした。

「足」はあくまでサブウェポン。寅の戦術は、「手」が主体。

闘技会本戦が始まる五か月間、右京山寅はタイでボクシングの制度をより磨いていた。そのとき、真の雇い主であるラルマーがムエタイの大会が開かれるので出てみないかと声をかけた。

戯れ、または余興のようなものだった。

ムエタイの経験などない寅だったが比類なき才能はいかんなく発揮されることとなった。ひじや膝をメインとしたムエタイの火力は確かに強力な武器。だが、寅は気がついていた。ムエタイの弱点、それは、パンチの軽視。ムエタイという競技の中なら、このままで問題ない。だが、実践の場ではどうだ?

俺は競技者じゃねぇ、闘技者だ。

そして、寅はムエタイの「力」の一柱とする。

ラルマー「ムエタイとボクシング。二つの打撃系格闘技を極めた寅は、打撃のスペシャリスト。ムエタイの動きを踏襲しつつ、手数のコンビネーションを多用する。ヘヴィー級の中では小兵の寅が編み出した最も己を活かせる戦法。言うなれば「打の極」。寅は、全てのストライカーの頂点に立つ男だ。
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