ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました弐幕【6】

ー某所:海岸ー

刹那が「中」に戻る数年前。

刹那「ハァハァ……ハァハァ……」

桐生刹那は息も絶え絶えに砂浜に仰向けに倒れ込んでいた。全身には今できたばかりの青痣が浮かび腫れ、恐らくは着衣していたであろうシャツは襤褸切れとなってそこらに散らばっている。

「動けるか?童。動けぬならそのまま寝ていろ。まだ弟子入りを望むならさっさと立て。」

少し離れたところで袴に道着姿の初老の男。孤影流【螺旋】の平良厳山が睨み下ろしている。

刹那は大きく息を吸うとゴロンッと横に転がり地面に手を突いてゆっくりと立ちあがりながらいった。

刹那「……すごいな。その技、欲しいよ。」

厳山「ならば盗め。」

そういうと厳山はその辺りで拾った木の棒きれをゆっくりと振り上げた。

刹那「……」

人が消えるはずがない。仕掛けを見逃すな。

しかし、厳山の姿がその場から消えた。瞬間、刹那の横っ面に衝撃が走る。棒きれでぶん殴れたのだ。なんとか踏みとどまり厳山の姿を逃すまいと捉えるが再び姿が消え、今度は背中を突き飛ばされる。

地面に這いつくばる形になったが刹那は砂浜の砂を掴んで投げ撒いた。砂塵に包まれるが厳山は意も返さずに刹那の後頭部を叩いた。

そこからは四方八方から消えては現れ消えては現れする厳山に殴られっぱなしになった。地面に座りこんで顔元だけをガードして亀のように動かない刹那だったが、ある時、厳山の攻撃が空振り棒きれの先が砂を打った。

厳山「……うむ。筋は良し。」

刹那「ゼェゼェ…」

ひと振りだけではあるが刹那は避けたのだ。

厳山「砂浜の足跡で「瞬」の正体を見破ったな。「武」とは「見」。その洞察力、申し分なし。……だが、童。一つ答えろ。貴様。「武」を使えるな。隠しても無駄だ。貴様の動きは、素人のそれではない。答えろ。何故技を使わん?」

刹那「……」

厳山「……まあ良い。武術家たるもの師弟にも明かさぬ「奥の手」を持っておいて損はない。明日より本格的な稽古に入る。今日は休め。」



もう二度と……邪魔はさせない。

あらゆる速度が増していく桐生刹那。氷室の堅牢な守りを抜いて羅刹掌が胸元へ放たれた、直撃とはいかないものの掠り抜けていく。

紫苑「!?(捩じれない?一回戦では掠っただけで二階堂の肩を潰したのに。)」

初見「……(皮一枚だ。あと数ミリ深く当たれば二階堂の二の舞になる。)」

ブォン、ブォンっと鋭い羽が回転するような音をまき散らしながら羅刹掌の連打が氷室を襲い続ける。しかし、「質」が変わった攻撃に対しても氷室は対応し始めた。抜拳で全ての羅刹掌を弾き反らしていく。

刹那「あはぁぁ……!!」

相変わらず狂人的な笑みを顔に貼りつけた刹那は羅刹掌をばら撒きながらも急に手数が減り、その場で暴れ独楽のようにスピンしながら間合いを詰めた。

氷室「ッ!?」

払い振るうような横薙ぎの蹴りをしゃがみ避ける。

今の動きは!!!足で羅刹掌を放ったか!!?

刹那の方を見るとスケーターのがターンするような足さばきで回転しつつこちらに向き直ったかと思うと踵で地面を削り砕き破片を蹴りは飛ばした。

氷室は破片の散弾をすべて弾き落とすが……。

【瞬】

一瞬の隙を突き背後から現れた刹那、死角からの羅刹掌が襲い来る。氷室は抜拳では間に合わないと悟り斜め後ろに飛び下がったが脇腹を掠った。ビギギッと歪な音が体内に木霊した。アバラにヒビが入ったのだろう。

氷室「ッ…」

足の羅刹掌を利用した移動、羅刹掌を目くらましにして「瞬」……そして小鳥遊流に酷似した武術。センスは厳山(師)を超えてますね。

刹那「…「深く当たる」ようになってきたね。【小鳥遊弥一】。お前を殺して、小鳥遊悠(僕の神)を取り戻す。」

氷室「!!」

この男……既に、正気を失っている。もはや人に戻ることは叶うまい。
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