ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【2】

ー大江戸城麓・大広場ー

豪俊「しめたっ!!」

悠「あ、豪俊が逃げる!」

吉音「逃がさない!」

豪俊「うぉわっ!」

城門の向こうへ逃げ込もうとした豪俊の身体が何かに突き返されるようにこちらに戻された。

「大江戸城はあなたのような下衆が入れるような場所ではない。」

澄んだ落ち着いた声が聞こえた。そして城門の向こう側の逆行の中からひとりの人影が現れる。背後からの光に飲まれて、輪郭のみがはっきりと浮かぶばかりで、その表情はこちらからはうかがい知れない。

豪俊「な、何者だ!?」

詠美「大江戸学園執行部、側用人、徳河詠美」

逆行の少女が名乗る。

吉音「詠美ちゃん!?」

豪俊「ど、どけっ!」

必死の豪俊はなりふり構わずもう一度城門を越えようとする。

詠美「愚かな……」

次の瞬間、青白い燐光が空を薙いだ。あまりの速さにそれが現れた少女の剣の一閃であるとしばらく気づくことが出来ないほどだった。

豪俊「ぐ……あ……」

豪俊はよたよたと二、三歩ほど歩いてバタリと倒れ付した。 その姿はまるで斬られたことに気づけなかったようにすら見えた。

詠美「往生際の悪い男だ。それでも徳河家の男か。」

黒髪の少女、徳河詠美は静かに嫌悪の言葉を漏らすと、刀の不浄を払い落とすように剣を大きく振り、鞘へと戻した。この間、注意の浅い者なら何が起こったかすら分からないだろう早業だった。

吉音「豪俊くん、さっきいいかけたあたしよりも強い子だけど、それがこの詠美ちゃんだよ」

詠美「お久しぶりね、吉音さん」






首領の徳河豪俊を始め全ての党員が捕らえられ、大江戸学園を騒がせた天狗党騒動はここに幕を下ろした。天狗党の一斉検挙の後、混乱は収拾され、数時間後ろにずれ込みはしたものの全校集会は滞りなく終了した。おれは色々ぐちゃぐちゃになってたので集会には参加せず休んでいた。右京山はなんとか適当に誤魔化して側に転がしておいたら。左近が来て、悪いようにはしないといって回収していった。

もう空は夕焼けの色をしていた。現在、大江戸城前の広場からはほとんどの生徒たちが去り、土木作業関係に従事する生徒による演壇の撤収作業が行われていた。撤収作業の工具の響きに包まれたオレンジ色の広場の片隅におれたちはいた。

吉音「詠美ちゃんはね、執行部の優等生でね、次の将軍に一番近いっていわれてるんだよ」

悠「(痛っっ…)それはこうしてご本人に会う前から何度も聞いてるよ」

新がことある事に彼女、徳河詠美の名を挙げては礼賛する流れ自体は今に始まったことではないのだが、今日初めて知ったことがある。新と徳河さんが従姉妹であり、幼い頃は一緒にすんでいたことまであるというのだ。

吉音「何度でもいいたいんだよ!」

詠美「吉音さん」

吉音「なに、詠美ちゃん?」

詠美「次期将軍と連呼するのは遠慮してほしい」

吉音「え、どうして?」

詠美「まだ決まってもいないものを声だかに叫ぶのはよくないだけよ」

吉音「そっか…。でもあたしは詠美ちゃんに将軍になってほしいから」

詠美「期待してくれるのはありがたいわ」

吉音「うん!詠美ちゃんは…」

詠美「そろそろ戻らなくては。今日の全校集会の総括会議があるの」

吉音「そ、そっか。頑張ってね」

詠美「それじゃ、吉音さんと…」

悠「小鳥遊悠。ま、できたら今の顔は忘れて、腫れがひいたら改めて憶えてくれ。っか、あれだ。悠でいいから。」

詠美「そう。では悠」

悠「ああ。」

詠美「では…」

吉音「ばいばい。」

おれと新は徳河さんが大江戸城の門をくぐるまで背中を見送っていた。
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