ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました弐幕【5】

ー絶命闘技会ドーム:闘技場ー

仕合が決着すると片原滅堂は静かに笑った。

滅堂「ホッホッホ!惜しかったのう熱海の。」

熱海「……」

完全な敗北、【格闘王】大久保直也の敗北を噛みしめていた。

滅堂「人の真価は「進化」にあり。この仕合で、また一つレベルを上げたようじゃのう。」

熱海「……大久保君を闘技者にしたこと…………後悔はしていません。彼ならば、いつかまた必ず……」

悔しさがないわけではない。それでもなお、熱海久はこわばりながらも笑みを浮かべて運ばれて行く大久保を見送った。

鷹山「……(大久保は幸運だったな。)」

あと少し実力が伯仲(はくちゅう)していれば、確実に命を落としていただろうな……。


アギトは仕合を終えて選手登場口を潜ったさきの廊下で立ちふさがる男が声をかけてきた。

金剛「……加納。」

アギト「……金剛。室淵剛三との闘い、見せてもらったぞ。また腕をあげたな。」

金剛「なに。まだ奥の手は出しちゃいないさ。」

アギト「……左ブロックで勝ちあがるのはお前かな?少なくとも「二名」、格上がいるようだが?」

金剛「……他人の心配をする余裕があるのか?せいぜい足元に気をつけるんだな。」

にらみを利かせ合う両闘者、松永久秀はアギトではなく金剛の方をちらりと見た。

久秀「(温厚な金剛が闘志をむき出しにしてるなんて……よっぽどなのね。)」

「へぇ。盛り上がってるじゃん。」

金剛「!」

蘭「(あら?この子は確か……)」

アギト「…………何だ貴様?」

悠「なんだと貴様とはご挨拶だなピッチリスーツポマード野郎。左ブロックを勝ち抜くのはおれかもしれないだろ。」

【阿修羅】小鳥遊悠はアギトにむかって舌をべーーっと出していった……。

ちょうどその頃、大久保直也が目を開けると身体を起こした。

付き添っていた串田凛と氷川涼が声をかける。

氷川「大久保…」

大久保直也は上半身を起こしたままフリーズしている。少し間を置いてポツリポツリと話しだした。

大久保「…………俺、負けたんやな?……どないせえっちゅうねん。…………途中までや。途中までは、アイツの動きにも対応で来てたんや。……はずなのによぉ……アイツ…………「試合中に進化」しよった!……あんなもんどうやって倒せっちゅうねん……!」

ガタガタと全身を震わせる大久保。

氷川「……」

五代目【牙】と闘い、命を落とした闘技者は意外なほど少ない。……だが、【牙】と闘った者のほとんどは、闘技者として再起不能になっている。【牙】が殺すのは「闘争心」。絶対的な恐怖を植え付け、牙をへし折る。


まさに【牙】の名通りの男だ……。そしてその【滅堂の牙】に一度は蹴り飛ばされた男が分かりやすく小馬鹿にした態度で近づいていた。

金剛「悠…」

久秀「悠、加納選手は仕合の直後なのよ?挑発するのはやめなさい。」

形だけではあるが雇い主である松永久秀は悠を制した……が、アギトがいった。

アギト「…………君は確か…松永工業の松永さんだったな?気遣いは無用だ。彼では、私に傷ひとつ負わせることはできない。」

悠「……ふーん」

アギト「小鳥遊悠。お前は弱い。あの魏は強い。どう足掻こうがお前に勝機は…無いだろう。ここにいる金剛も、お前の遥か高みにいる。」

金剛「…………」

アギト「はっきり言ってお前の左ブロック突破は、不可能だ。」
56/100ページ
スキ