ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【2】

ー大江戸城麓・大広場ー

全校朝礼会場では天狗党と火盗、奉行所の一団が入り乱れて捕物劇を続けていた。その混乱に乗じて数人の侵入者が城壁に登り様子を見ていた。侵入者の年齢はバラバラで勿論誰ひとりと変装などしていない。その不敵な侵入者達のなかでカメラをまわしている烏哭禅がいった。

「崇…さん…そろそろ…ここに…居るのも……危険かと」

左手に持ったデジタルカメラは右京山寅と小鳥遊悠の一騎討ちを捉え、右手は小冊子程度の大きさしかないモバイルパソコンのキーを忙しなく叩いている。崇は腕を組、悠と寅を静かに見下ろしている。喧騒も凍りつかせそうな気配。それを崩すようにどこかお気楽な声がいった。

「悠たんがハイキックくらって生きてた理由はアレかあ。」

崇の隣に並ぶ王文狐は両手の人差し指を立てて自分の首を突きながらいった。

「服を着てたときは解んなかったけどん。脱いだらスゴいのねん悠たん。首の筋肉に胸、肩、腕、背どこも無骨に不格好に異肥大してる。よ~~っぽど、過剰な鍛えかたしてるみたいだわん。ま、それは置いといて~わからないのはどうやって立ち上がったんだろうかだねん。崇ちゃんわかる?」

崇は口を開かなかった。かわりに、胡座をかいている男、九頭竜道玄が唸るようにいった。

「器用な真似をするやつだ…。」

「ん~?」

道玄は軽く両の手を打った。そこから空気が破裂したように風が吹く。

「龍剄の基本は風。小僧は周りの空気を圧縮して自分の中に酸素をおくった。口から喉を突き抜け潰れせり上がった肺、胃を膨らませた。」

王は頭を二度三度振った。理解(わかって)るのか理解ないのかは不明。崇がいった。

「潰れた内臓を脹らませたのはわかった。だが、それでも半分だ。右京山の拳を避け、神速刹那に立ち上がったのはどうしてだ?」

額に深くシワを刻んだ九頭竜は腕を組んでいった。機嫌の良し悪しが欠片もわからない形相だ。

「鬼状態(オニモード)と翠龍(すいりゅう)の毒だ。」

鬼状態は心臓の鼓動をコントロールすることによる身体強化の術(すべ)。
身体を動かさず運動せず止まったまま鼓動を一気に極限まで高め。内に内に自分自身を内側に圧縮し、鼓動の回数が全力疾走を遥かに超えたときに入ることのできる領域(ゾーン)。崇はいった。

「そこに入れば千里眼とでもいうべき「読み」。限界突破の「身体能力」を得れる…だったな。」

道玄はうなずいた。

「死の淵を覚悟を決めて歩くとき、人間は鬼にもなる。だが、それを死神(アクマ)は見逃さない。きっちり寿命(だいきん)はとっていく。」

空気が砂漠のようにカサカサに乾燥していく。それを壊すように間のびした声で王がいった。

「翠龍ていうのはなんだわん?」

「……龍剄気孔には九つの鎌首がある。弾針勁もそのひとつだが、翠龍は空気を体内に取り込み超加圧関節エアークッションを発動させる術(すべ)だ。」

超加圧関節エアークッション。指や膝を曲げたりするとパキンと音が鳴るのを経験があるだろう。あれは骨と骨の間に空気が溜まっている。その空気クッションになり人間はしなやかな動きを可能にしている。もし、体内の隅々に空気を送り込み関節と関節の間にほんの数センチのエアークッションを仕込めたなら各関節の可動域は約二倍、不可能とされる動きすら可能なスーパーマンにもなれる。
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