ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【2】

ー大江戸城麓・大広場ー

おれは痛みを堪えながら辺りを見回す。

「うげ…」

ろくでもないものを見てしまった。それは天狗党幹部がひとり銀次の胸に抱かれ半死半生になっている衝撃的な場面だった。

「どうだ、もうこれで得体の知れない相手じゃないだろう?もっと深く知り合おうぜ」

「あうあうああ……」

思わず目を背けるおれ。
だが、予想外に目を背けた物体からの声がした。

「悠の字!立つんじゃない!」

「あー?」

背後で風を切る音。おれが振り返ると今のさっき地面に叩きつけた右京山の立ち姿が映った。そして、次の瞬間おれは目の奥が真っ白に爆ぜた。とてつもない衝撃がおれの首にぶつかり身体が空を舞う……。
一度、二度、バウンドしたのは痛みでわかった。自分が今うつ伏せになっているのもわかった。だが、なにが起こったのかは……いまだ脳が処理しきれていない。

右京山の声がする近づいてきている。

「ぺっ…そうじゃなくちゃな。今のはゴフッ…効いたぜ。」

立たなくてはまずい。おれは立ち上がろうと両手と両足に力を込めた。だが、立てない目の前がグニャグニャに歪む。これは本当におれの足なのかまるでいうことをきかない。四つんばいのままでいると奴はつま先で横腹を蹴り飛ばしてきた。避けることも受けることもできないままおれは再びぶっ飛ばされ無様に床を転がる。
サッカーボールでも追うように、いや、獲物を狩る獣のように寅は呟きながらおれに歩みを進めてくる。

「俺がここまで本気になったのはいつ以来だったかな…」

幸か不幸か折れたあばらを蹴られた激痛で脳の奥底がキンキンに冷えた。状況は最悪。一投必沈のドラゴン・チョーク・インパクトを受けて、一度は倒れはしたものの奴は立ち上がり……あろうことか首にハイキックを放ってきた。おれは仰向けに寝がえりをうった。まだ、視界が歪む脳にも肺にも酸素が足りないらしい。獣がいった。

「俺は優しくない。降参するか……とは聞かん。小鳥遊悠……終わりだ。」

拳を振りおろそうとする右京山。ああ、これは無理だ。なんでいつもこうなんだろうか……おれは、ただの学生なんだぞ。おれは、やる気なしなんだぞ。おれは、腑抜けなんだぞ。なのに……なんで、強奴等(コイツら)は、いつもいつも俺を…腑抜けをやる気にさせるんだ。俺は両の手の平を自分の顔の前で打ち合わす。ドンッ!と音がダブった。

「あん?」

ひとつは右京山の拳が地面を打つ音、そしてもうひとつは俺が両足を地面に振り下ろして立ち上がるった音だ。

「げほっ…ごほっ…右京山よぉ…。腑抜けを…やる気にさせたんだ。覚悟しろよ?」

俺は上着を脱ぎ捨てる。それをみた寅もジャージの上着を脱ぎ捨てて叫んだ。

「そうか…そうか、そうか…そうじゃなくちゃなあああぁぁ!こいよ!小鳥遊悠ぅー!!」

「いくぞ!右京山寅ぁぁー!」
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