ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【2】

ー大江戸城麓・大広場ー

パンチというものは腕で打つものではない。腕よりもその後ろ、肩、背中と首で打つものだ。特に日本人の平均体型や筋肉の作りからして近代スポーツ科学ではストレートのような「押す」パンチより、アッパーカットやフックのように「引く」パンチの方が強力だと謳われている。

以上の説を「事実」だと仮定して、身体が引きちぎれないばかりに捻りに捻り。石のように固めた拳をがら空きの横腹に打ち付けた場合どうなるだろうか。痛い?咳き込む?そんな生易しいものでは無い。まずは皮膚、皮膚内は毛細血管が潰れて内出血をおこす。次に骨、内臓を支えているあばら骨はヒビが入り最悪折れる。更に胃腸は押し潰れて胃液と空気を無理やりせりあげる。

寅の拳はぶつかってもなお押し付けてくる。

「タイガーブレイクブロー!」

おれはその場に倒れて、のたうち回り……たかった。だが、それは後でいい。今すべきことは、めり込み続けている奴の拳。正確には手首を掴み、真上に引っ張りあげた。ワルツを舞うようにおれは身体を回し奴の背後をとる。

「ぐっ…」

右京山は苦の声を漏らす。ボクシングには存在しない技術…サブミッション(間接技)。腕をひしぎを決めたまま、左腕を寅の首にまわして締め上げた。形勢逆転の完全封殺。
腹が悲鳴をあげるがおれは腹筋に力を込めた。やつの首とおれの腕の密度があがってヂヂッと擦れる音がした。あと数センチも身体を反らせば首つり状態にもできる。おれは力を緩めずに囁いた。

「降参しないか?」

歯を喰い縛っている寅は口の端でいった。

「誰が…するか!」

唯一自由のきく左の肘をぶつけてきた。痛みは当たった場所より右のわき腹に響く。連発されたらたまらない。おれは最終警告をした。

「っ…勝敗が着くまでやめないんだ?」

「当たっり…前だ」

なら、仕方がない。おれは出しうる限りの力を両足に込めて飛び上がった。
乱れるほどの上昇、数秒前の自分を空へ置き去りにして、元いた場所へと急降下。速さが感覚を奪い去り理性はゴミのよう吹き飛んだ。

「なぁっ…!?」

「うっおおおおぉぉ!」

獲物を捉える腕を締め上げ、自らの鎌首を振い派生する遠心力を肢体に伝え半回転をせながら前倒れに落下(おち)る。右に左に螺旋を描き天に昇り地上へと舞い戻る。

九頭竜神姫直伝一投必沈【ドラゴン・チョーク・インパクト(龍絞纈冲撃)】

直下型地震が起きたような轟音(おと)が響いた。タイル地の床にめり込む寅の背中に手を突いておれは起き上がる。よたつく足に力を入れて確りと地を踏んだ。次の瞬間右の脇腹に激痛が走り無意識に声が漏れた。

「ぅぐあっ…?!」

七いや八番のあばら骨が粉砕骨折(おれ)ているかもしれない。最低でもヒビは確実…………たぶんトドメはおれ自身の体重だろう。ドラゴン・チョーク・インパクトは対象者には勿論だが自身への衝撃もハンパない。だが、名誉の負傷だと思えば悪くもないだろう。
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