ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【2】

ー大江戸城麓・大広場ー

予想通り、思惑通り、想定内、案の定だった。右京山寅という、この男と対峙すること三度。こいつがどういう生き方をしていたかは知らないが想像はつく。喧嘩に明け暮れ、がむしゃらに暴に走る不貞の輩。それがいつしかボクシングにかわったチンピラ…。っな訳がない。確かに行儀のいいやつじゃないかもしれない。不貞で不良でどうしょうもないやつかも知れない。けど、それはおれも同じだ。むしろ、寅のパンチは一発一発になにか信念に似た物を感じた。

そんなやつに殴られ受けたダメージは…絶大。痛みが疲労が熱さが殴られた部分から滲み広がる。その苦痛が脳にたどり着いて額から顔から汗が吹き出すのを感じた。だが、これでいい。これでいいんだ。おれはもう一度顔のまえに両手を構えていった。

「一流のボクサーもこれは恐いかな?」

「ぬかせっ…。」

安い挑発に右京山は食いついた。おれは奥歯を噛み締めた。来る。あの苦痛(痛み)が……。

「オオオオオオオオォォ!!」

獣の咆哮を思わせる雄叫びとともにヤツはパンチを豪雨のように放ってくる。

何処を打ってきたと聞かれたらおれは答えるのに困ってしまう。なにせ、寅は全身を殴り付けてきたんだからな。場所なんていちいち覚えちゃいない、おれの身体をサンドバックとでも勘違いしてるんじゃないかってくらいの打撃の雨だ。

パンチが空を割く音と肉を打つ音が途切れない。疾(はや)い、重いっ…。
気を抜いたらガードしてる腕ごと顔を潰されそうな勢いと威力。
だが、必ず中断(とぎれ)る。その時をおれは待つ。

「ハアアアァァアァ!!」
彷徨をあげて殴り続ける右京山はすでに一分以上は動いていた。なのに、どうなってる。中断(とぎれ)ない。それどころかスピードが増していく。全身に焼きごてを当てられたように熱くなってきたその時、ピタリと打撃の雨が止んだ。今のいままで殴っていたやつはいう。

「いいだろう。お前の誘いに乗ってやる……だから、終わるなよ?」

スタンダードポジション(立ち構え)の寅が目の前から消える。おれの視線は無意識に下を見た。そこにやつは居た。四股をとったように地面スレスレまで身体を屈めていた。だが、相撲と決定的に違っていたのは身体がネジ切れるんじゃないかと思うくらい捻っていること、そして発射寸前のロケットのように拳を装填(セット)している事だろう。

背筋が凍る。頭の中に警鐘が鳴った。ガードをしろと脳みそが四肢に行動を伝達したが、間に合うことはなかった。自分の限界まで捻っていた身体を開放した右京山はフルスイングバッターみたいな勢いでおれの横腹に拳を突き当てた。
押し飛ぶ身体にミヂヂミヂキキギギっと体内(なか)からイビツな音が走る。
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