ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました弐幕【4】

ー某年某月:超日本プロレスー

関林ジュン……本名関林順平。

15歳の時、超日本プロレスに入門。喧嘩では負け知らずの悪餓鬼だった。

入門初日、社長に喧嘩を売る。そして……半殺しにされた。生まれて初めて、手も足も出なかった。

超日本プロレス社長、馬場道山寛(ばばどうざんひろし)は血にまみれた手を振った。

馬場道山「蔵地ィ。活きのいい奴が入ってきたじゃねぇか。」

超日本プロレスコーチの蔵地駆吾(くらちかるご)は返事をした。

蔵地「オスッ。」

馬場道山「小僧、お前気にいったぜ。それは先行投資だ。お前には素質がある。俺がお前を「プロレスラー」にしてやる。」

立ち上がれないほど痛めつけられた関林の胸元に札束が投げ落とされた。

それが地獄の日々の始まりだった。

ロープ登り(5メートル)×20往復
プッシュアップ1000回×3セット
ブリッジ1時間
ヒンズースクワット10000回

これらはスパーリング前の「準備運動」である。

スパーリング練習に決められた時間はない。一報が動けなくなるか失神するまで、何時間でも続行させられた。

こうした一見非科学的な鍛錬によって、プロレスラーに必須の「粘りある筋肉」が身につく……と、言われていた。

ただでさえ辛い地獄の道場メニュー。格闘技経験のなかった関林は二倍の練習を課せられた。身体を作るために一日三食、米と肉ばかりを死ぬほど喰わされた。時にはミキサーで液状化させて無理やり流し込んだ。

疲労で胃が食事を受け付けず、何度も吐いた。

こんな生活が毎日続いた。毎日、毎日……ある日、馬場道山社長に食事に誘われる。入門から半年、初めての外出だった。

小さなおでん屋の屋台、肩を並べて簡素な椅子に腰かけると社長は瓶ビールを差し出した。

馬場道山「ほら飲めよ。どうせいつも飲んでるだろ?」

関林「ウス」

馬場道山「純平も入門して半年か。練習は辛いか?」

関林「……辛いなんてもんじゃねえっス。「地獄」っスよ。20人以上いた同期も今は俺も含めて4人ですよ。」

馬場道山「ククッ!蔵地の奴は手加減しねぇからな。」

関林「まあ、俺は絶対辞めませんよ。クビにでもならん限りね。」

馬場道山「…………決めた。」

関林「?」

馬場道山「お前は今日から【獄天使】関林ジュンだ。」

関林「ご、ごく…?」

馬場道山「お前の、キャッチコピーとリングネームだよ。」

関林「…【獄天使】ってどういう意味…なんすか?」

馬場道山「ん?意味はないぜ。」

関林「ねぇのかよ!!アンタ、適当すぎるぜ……」

馬場道山「ハハハハッ!そう言うな。いい名前じゃねぇか!早くデビューできるようにがんばれよ!オラッ!次行くぞ次!今日は朝まで帰さねぇからな!」

関林「マジっスか…」

それから5日後のことだった。社長が凶刃に倒れたのは……。

葬儀場で怒声が響く。

「関林はどこだ!?」

「もうすぐ社長の出棺だってのに!!」

「あのガキャッ!社長の葬儀をバックれるとは許せねぇ!」

蔵地「純平は来ないよ。」

「く、蔵地さん…?」

蔵地「アイツは道場にいるよ。」

「で、でも!アイツは特に社長に可愛がられてたじゃないっスか。」

蔵地「ああ。社長の為にアイツは来ないんだ。」

超日本プロレスの練習場でひとり、関林純平はスクワットを続けていた。

関林「12887、12888…」

『いいか純平、プロレスラーになりたきゃ一日も練習を欠かすなよ。たとえ親が死んでも、俺が死んでもだ。俺の葬儀なんかにきやがったら、お前も棺に叩きこんでやるからな』

関林「12889、12890…」

涙を流し歯を食いしばり一心不乱に練習を続ける関林純平が、プロレスラー【獄天使】関林ジュンとして誕生したのは、それから一年後のことであった。
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