ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました弐幕【4】

ー絶命闘技会ドーム:地下駐車場ー

十種競技(デカスロン)をご存知だろうか?

2日間に渡り、十種目の合計得点を競う陸上競技である。

デカスリートにはパワー、スピード、テクニック全てを求められる。

十種競技を制した者には、惜しみない賞賛と「キングオブアスリート」という称号が送られる。

そんな過酷な協議で。伝説と呼ばれたデカスリート……室淵剛三。

ハンマー投げ選手の父とやり投げ選手の母との間に生まれたサラブレット。生後10日にして立ち上がり、家族を驚かせた。

本格的に陸上競技に取り組みだしたのは中学生の時、あらゆる競技の記録を塗り替え、「神童」と呼ばれる。

16歳の時、十種競技日本代表に初選出。

以降……25年もの間、第一線で活躍し、数多くの勝利を積み上げた。国際大会での敗北はわずかに5回。その能力は特に、専門競技者をも上回った。

国民的英雄となった室淵剛三。もはやその活躍は、一競技者の域を超えていた。

だが……2年前、41歳の時突然の引退発表。室淵剛三は、表舞台から姿を消した。


そして現在、闘技会ドームの地下、機材等を運びこむための駐車場で室淵は立っていた。男の目の前にはボコボコに凹みひっくり返って煙を上げて壊れているトラックだった残骸がある。

室淵「ふーーっ。」

それを少し離れた位置から眺めていたユナイテッド・クロージング社長の柳真が声をかけた。

真「うん。調子は上々だね。」

室淵「上々?それは違うでしょ。これはね、「絶好調」っていうんだよ。」

剛三は振り返り白い歯を見せてにっこりと笑うとバチンッとウインクをした。

真「フッ、相変わらず口の減らない…」

室淵「社長には感謝してるよ。この大舞台で、挑戦の機会を与えてくれて。」

その場から飛びあがるり回し蹴りを披露する。その垂直跳びの高さは平然と人間の身長よりを超えていた。


場所は変わって小鳥遊製薬の選手控室のドアに控えめなノックの音がなった。中から返事はないが静かにドアを開けて小鳥遊製薬代表取締役の小鳥遊梔が入っていく。

控室の中央ではファイトパンツを着用して椅子に腰かけている金剛の背中が見えた。耳にはイヤホンを着けているので何か聴いているのだろう。

梔「あら、金剛ちゃんも音楽を聴くんやねぇ。」

金剛「……いえ、音楽は流してませんよ。ただ少しだけ静かにしたかっただけです。」

耳に着けていたイヤホンを外してそう返事をした。

梔「金剛ちゃんなりの集中法どすな。」

金剛「集中法……そういえば聞こえはいいんですがね……結局のところ怖いんですよ。」

梔「怖い?金剛ちゃんほどの闘技者でも仕合は怖いんえ?」

金剛「ハハ…当然っすよ。こればかりは何回闘っても慣れません。柏……んっ、社長への恩義、俺みたいなのには計り知れない程の金や社運などが動いてると思うと、ね。ましてや今日の相手は、あの室淵剛三。正直なところ、出し惜しみする余裕はアリません。一回戦から全力でいきます。」
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