ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました弐幕【3】

ー闘技号:船内廊下ー

涼は折れた右腕をだらりと下げて左腕を前に突きだした。

氷川「まだ左腕が残っているだろうが!!」

もうやめろ氷川!!いくらお前でも片腕だけでは……っと、大屋は思ったが二人の剣幕に口など挟めるわけがない。

そうしている間に二人が再び間合いを詰めて撃ちあった。涼が左拳を振るうも金田は身をかがめてそれを避けてカウンターにジャブを叩きこむ。そして体制が崩れたところでアッパーを繰り出した。直撃、先ほど入った顎のヒビがさらに深まる。

脳も揺れ力なく上半身が反れた。

末吉「セィッ!!」

さらに畳みかけるように金田は蹴りを放った。砕け外れている左腕に……。

氷川「ガッ……ぁ!!」

激痛に悲鳴を上げる涼。それを見て大屋はゾッとする。折れた腕を狙った金田に……。

しかし、いったいどういうことだ?突然、氷川の攻撃が金田に当たらなくなった。手負いとはいえ、今だ驚異的な速度を維持しているというのに。金田の奴、どんな手品を使っているんだ!?

氷川の打撃は紙一重とはいえ避けられている。大屋は今まで以上に金田の動きに注視した。涼が前蹴りを仕掛ける、しかしそれよりほんの少し早く金田が側面へ回りこむように動いたように見えた。

大屋「!?」

な…なんだ!?今の動き!氷川が前蹴りを出すより早く避けていた?いや…あの動き…事前に前蹴りが来ることを知っていたような……。ま、まさか!?

末吉「……」

金田は敵を見つめる。自分へ走り向かってくる敵……2秒後、リバーブロー。立ち位置を一歩半下げる。

目の前で高速の拳が空を切った。空振り。

やはりそうだ。金田末吉。アイツは氷川の動きを完全に読み切っているんだ!可能なのかそんなことが?演武の中でなら見たことはあるが……だが現実に金田は実践している!演武ではなく実践の中で!

金田……あの男も達しているのか、超人の領域に!

氷川「ゼェゼェ、ハァハァ」

末吉「ハハハ。辛そうですねえ氷川さん。空振りはつかれるでしょう?もう終わりにしませんか?少々手間取りましたがあなたの攻撃は読み切りました。アナタ、もう詰んでるんですよ。悪あがきは見苦しいですよ?潔く投了してくれませんかねえ?」

氷川「ふっ……ざけんなあぁあオラァァぁァ!!」

本気の怒声をあげて涼は突っこんできた。

末吉「……」

やっぱりこうなりますよねえ。氷川さん…あなたほどの闘技者が、簡単に負けを認めるはずがありませんよね。

手負いながら今まで一番の威力とスピードの乗った突き。確実に金田の顔面を捉えた……はずだった。末吉は着弾より一手早く動いていた。間合いを深く詰め涼の顎と後頭部を両手でつかんで振り抜いた。

氷川「な?」

自分の身体が空に浮く。大きく円を描いて後頭部から地面に叩き落とされた。

紅人流:鶴瓶落とし

この一撃で氷川涼はもはや立ち上がれなくなった。仰向けに倒れぐわんぐわんと歪む視界のなかでこちらを見下ろしている金田に手を伸ばす。

氷川「金……田…………!」

末吉「もういいでしょう氷川さん……そのまま寝ててください!」

ダメ押しとばかりに金田は涼の顔を踏みつけた。そして何度も何度もストッピングする。手が伸び続ける限り何度も……そしてついに……氷川涼は完全に意識を手放した。

氷川「か……ねっ……………………。」

末吉「……アナタは凄いですよ。あなたの勝利への執念、感服しました。だけど、これで終局です。」

大屋健、59歳。27歳の時、闘技会に加入。以来、32年間闘技者たちの戦いを見届けてきた。洋の東西、老若問わず純粋な闘技者を雇ってきた。中でも氷川は、自社歴代最強と見込んだ闘技者だった。

だが…結果はどうだ?……氷川は負けた。正体も知れないこの男に。

それが、どうした!!

洋の東西、老若、経歴……!そんなものはどうでもいい!闘技試合では強さこそが絶対にして唯一の正義だ!!そしてこの男は持っている。圧倒的な「強さ」を。

大屋「……金田よ。やってみるか、闘技者?」

賭けてみよう、この男に!

義伊國屋書店代表闘技者:氷川涼→金田末吉へ変更。

~~

氷川と末吉の決着がつく少し前、船内モニター監視ルームに護衛者たちが集まっていた。

護衛者A「…何だこれは……」

あらゆるところが鮮血にまみれルームの中は赤色でないところの方が少ない。そして淀江と日吉津はあらゆる部位がねじ曲がって倒れているところが発見された。

護衛者B「こやつらがここまで破壊されるとは…」

護衛者C「いったい何者の仕業だ?」

~~

更に闘技号から数キロ離れたところ海中から潜望鏡が伸びて闘技号を捉えた。潜水艦の中で闘技号の声が拾われてくる。

『下手人探しは後回しだ!』
『万が一に備えて御前の警護を固めるぞ!』
『『了解!』』

「オッホォ♪誰か知りませんが暴れてますねぇ♪もっと盛り上げてくださいよぉ?アタシが目立たないようにねぇ。」

正体不明のどっぷりと太った男がそうつぶやいた。狭い潜水艦の背後で小さなうめき声が聞こえる。

「うっ」

太った男「おおっと。すっかり忘れてましたよ。そろそろ目覚めそうですねえ。この「落とし物」♪」

それはベルシイ石油所属の闘技者ハサドだった。

目的地到着まで後26時間。人知れず死闘開幕す……。
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