ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【2】

ー新宿:茶屋小鳥遊堂(裏)ー

近代初の肉体という銃弾と肉体という刃の闘いは……一枚の壁により阻まれた。おれと右京山は同時に声をあげた。

「なにっ…」

「なんだっ…」

おれたちの拳を遮断した壁は分厚い鉄の板のようだった。どこからこんなものが現れたのか呆然としていると声がした。

「はいはい。そこまでにしてくださいな。」

声の方へ振り返ると髪を後ろにビッタリと流し固めた学園生らしき男が呆れた顔で笑っていた。
伸ばしていた腕を折って背中にまわすとおれと右京山を遮断していた壁が風を唸らせて男の背中に添えられる。プレート(壁)なんかじゃなかった。さっきのは……バスターソードといってもいい冗談みたいなデカさの刀、斬馬刀だ。
ひっつめ髪の男がいった。

「騒がしいから覗いてみたら…困るんですよねぇ。朝から喧嘩なんかされちゃあ。うちらの仕事が増えちまうんで。」

既に闘争の空気が冷えたため、おれは握っていた拳を解いた。今さらだけど、鉄板を殴ったのも同然だからビリビリと痺れて痛い。
手をプラプラと振りながらいった。

「アンタは?」

「奉行所のもんですよ。登校途中に喧嘩なんか見ちまったらやっぱり取り締まらないわけにゃいきませんからねぇ……右京山さん?」
どうやら顔見知りのようだが、右京山は完全にひっつめ髪の男を無視しておれにいった。

「小鳥遊。」

「なんだ?」

「近いうちに天狗御前が何かを起こす。その時が決着だ…。」

それだけいうと奴はおれとひっつめ髪の男を残して行ってしまう。ため息をひとつ吐いておれはいった。

「取り締まらなくていいのか?天狗党の情報が逃げてるぞ」

「いやぁ、ほら、今はもう喧嘩は収まってるわけですしねぇ。無理に藪に帰ってるのをつっいて蛇を怒らす気はありませんよ。天狗党のことは……まぁ、なんにも聞いてないってことでひとつ」

奉行所の人間とは思えない発言だった。だが、おれでもわざわざ退いてる右京山に手を出したりはしなかっただろう。

「アンタ名前は?」

「あぁ、自己紹介が遅れましたね。俺は御伽ヶ島(おとぎがしま)っていうもんです」

「御伽ヶが名字で名前が島か?」

「いや、名字だけですよ」

なんでここらの奴らは自己紹介で名字しか名乗らないのだろうか。流行ってるのかな。

「はっはっは。そんな難しい顔しないでくださいよ。名前は左近(さこん)です。じゃ、俺はそろそろ失礼しますよ。」

「待てよ。まだ、話が…」

「あぁ、そういえば店の前で白馬に乗ったお嬢さんがいましたけどいいんですかい?」

そういわれて耳を澄ませるとおれの名前を呼ぶ新の声に気がついた。

「いやぁ、美人に迎えに来てもらえるなんて羨ましいですねぇ。」

左近は笑いながらいってしまった。なんにも聞けないままひとり取り残されたおれは、殴られてまだ痛む頬を撫でた。
新が待ってるしとりあえず顔は見せておかないとまた泣かれたらたまらない。
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