ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました弐幕【2】

ー大江戸学園:工場跡地前ー

「まだだ」

異を唱えたのは臥劉だった。

「なに?」

「まだ、龍は……動いていない!」


剣道には先の先、後の先という言葉がある。先の先は、こちらの機先を制しようとする相手の心の起こりを打つという意味。

現象面でいうなれば、こちらの出端を狙っている相手に攻め入って、相手が「打とう」と思う瞬間を打ち。打とうあるいは、受け止めようとして剣先や手元が上がったところを小手や胴に抜いたり、技を起こす離陸体制に入る瞬間を面に仕留めること。

後の先は、相手の技を発動させて、その技の隙を打つという意味。

現象面でいうなれば、攻めて相手を引き出し面を打たせておいて胴に抜くとか、小手を打たせて摺り上げて打つなどの事。

それを踏まえて寅の行動はまさに後の先であった。

必殺の一撃を誘い、肘で拳を砕き、膝で手首を折り、双方をもって挟む。砕き、折り、挟む。攻防一体にし相手の勢いを喰らい潰す。

【虎咬(タイガーバイト)】

虎が咬む、その名に相応しい一撃。

咬まれた悠の拳は既に拳ではなくなっている。だが、砕けきってはいないものの恐らく手の甲は骨まで逝っている。そして手首は膝を受けた辺りの皮膚がどす黒く変色している。折れてはいないが血管を潰して内出血を起こしているのは明白。

それを見て寅はわずかに震えた。自分のやったことにではない。悠に対しての武者震い。こんな結果を狙ってはいなかった。本当は拳を完全に粉砕し、手首を真っ二つの解放骨折まで狙っていたのだ。否、狙っていたどころではない、極限の中での完全なタイミングで、角度で、威力で、スピードで「当てた」のだ。

そう当てた、確かに当てたが……奴はその刹那、ほんの僅か本当に本当に僅かに拳をずらした。伸びきって発射しきった手首をほんの僅か本当に本当にほんの僅か曲げたのだ。

結果…………完全破壊を阻止した。

称賛にも価する行動、しかし、しかし、そこまで、どう足掻いても喰われてはいるのだ。もう右腕は使えない。

「ぐっ……ぐうっっ!」

ミヂッ!
右腕は使えない。

「おい……」

「ぐうぅぅぅっ!」

ミヂヂッ!
右腕は使えな……

「ぐううぅぅっ!」

潰し、砕き、挟んでいる悠の右腕が動く。喰いつかれたまま無理矢理突き抜けたのだ。虎咬のダメージはもちろん、挟まれたまま突き抜けていくことで皮膚は当然抉れていく。だか、そんなことは関係ない、食われた龍は虎の腹をぶち破ったのだ!

「うぐっ!!」

悠の拳が寅の腹を打つ……が、ダメージは低い。確かに、意地で拳を通した覚悟は見事、見事ではあるものの拳に力は籠っていなかった。当然といえば当然、勢いは殺され鉄拳は潰されているのだ。根性は見せられても破壊力はない、華はあっても……実は……ない。

「下り……天龍」

バリッと裂ける音。悠の拳が触れている部分から真下に亀裂が走っていく。それは天から龍が落下してきたかのような勢いで寅の膝にかけて皮膚が肉が破裂して血飛沫を吹いたのだ。

「があぁぁっ!?」

衝撃、熱、波、振動、斬撃……あらゆる激痛(いたみ)が寅の腹部から足にかけてうねり走っていく。意識が持っていかれそうになるも、寅は奥歯を噛みしめて踏みとどまった。

が、その目に映るのは……。

「昇り……」

今度は「左」でさっきと同じ構えをとる小鳥遊悠。

「野…郎っ……!」

こちらももう一度「虎咬」……はできない。否、できないことはなくとも破裂した足では挟み潰ぶしきれないのだ。

「昇り地龍!!」

悠の龍が今度は左わき腹に突き刺さる。思った以上に殴られた威力(いたみ)はない。っが、さっきとは逆バリリッと皮膚が腹から胸へそして方へ破裂していったのだ。

天から地へと君臨する龍、地から天へと舞い上がる龍。

【下り天龍】と【昇り地龍】

天と地の龍は凶獣の寅を引き裂いた。血を吹き出しながら寅の膝が曲がる……。

「はぁはぁ……勝っ」

ゴッ……視界が、ずれた。目の前で光が爆ぜる。真っ白に……。

「まだだぁっっ!!」

膝が曲がったのは崩れたからではない。例え裂けたヵ所から血が噴き出そうとも、傷がさらに裂けようとも関係ない。膝のバネを使い、腰を切り、全力で敵を吹き飛ばす。最高最大、全力全開のハイキック。

あえて名付けるなら…………

【狂虎の極】
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