ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました弐幕【2】

ー大江戸学園:工場跡地前ー

寅の身体が縮んでいく。力を溜めるように、猫かの動物が獲物を狙いすますが如く。そして、その時は来る。目で追えたのはそこまで、次の瞬間には悠は撥ねられた。

バヂンっと爆ぜるような音共に肩の肉……とまではいかないにしろ皮膚が散った。

「つぁっ!!」

咄嗟に右に飛んだ悠は裂けた肩を押さえながらその身を大きく振りかぶる。ほとんど撥ね飛ばされた勢いだが視界の中に寅を捕える。

数メートル先、周りを囲んでいた同心たちにぶつかる寸前のところで止まっている寅。急ブレーキで止まったのだろう奴が通った位置は地面が抉れて人力でブレーキラインが引かれていた。

血まみれで、ブチ切れ状態で、それでも一切の殺意を衰えさせない猛獣を正面でみてしまった同心たち数人がへなへなと地面に座り込んでいる。怖かった事だろう……。

そして、その怖いものはなりふり構わず向きを変えた。狙いは当然、小鳥遊悠。そもそも寅は野次馬が居たからブレーキをかけたわけではない、自分にとって一番いい位置、振り返ってすぐに同じように飛びかかるに適した位置に泊まっただけなのだ。

もしかしたら、同心たちが目の前にいたことも気づいていないかもしれない。狙う獲物は、たったひとりなのだから。

「はあああっぁぁぁぁっーー!」

獣が吼え、グッと身を縮め始める。
溜めから発射まで一連の流れはほんの数秒、気がついた時には撥ねられている。

だが、「撥ねられている」内はまだいい。真に怖いのは、その神速から放たれる拳が直撃することだ。

悠は肩で息を吐きながら半歩後ろに下がる。寅の突進スピードは、かの虎狗琥崇の域に達しつつある。それだけで絶望しかない。

しかし、ひとつ、たったひとつだけ、つけ入るスキを見つけられた。それは、直線であること、寅が溜めに入ったら発射される方向は決まる。だから、次の瞬間に左右どちらかに避ければ直撃をもらうことはない。とても、簡単なことだ。

「簡単か、ははっ……。」

悠は自嘲するような薄笑いを浮かべ呟く。

直進に来るのだから左右に避けるだけで簡単?冗談、冗談じゃない……。こっちが少しでも先に動けば捉えられて穿たれる。逆に遅ければ当然簡単に穿たれる。同時、寅が動いたと同時に左右どちらかに飛ばなければならない。それもトップスピード全開でなるべく遠くに、そしてすぐに第二撃に備える。

なにが、簡単なんだか……。

もう一度口の中でつぶやくも、悠の顔は笑っていた。

なぜだろうか、肉体はほぼほぼ限界に達し、全身を這う様な痛みは激痛へと変貌し、絶望的な相手と対峙しているのに……笑いが込み上げてきている。
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