ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました弐幕【2】

ー大江戸学園:工場跡地前ー

記憶が飛んだ。
全身が焼け付くように痛ぇ……。
喉が死ぬほど乾いた……少しでもその渇きを癒すように口の中に溜まっているものを飲み込むんだ。

「ぐっ……ぺっ。」

喉を越しながら広がる鉄のフレーバーに咄嗟にそれを吐きだした。

地面に散る唾液と血肉……。誰の?
朦朧とする頭で奴を見つけた……。そうだ、ああそうだ、自分は闘っていたんだ……小鳥遊悠と。

思わず笑みがこぼれる。

何に対して?

まだ、動ける自分に……。まだ、向かってくる最高の獲物に……。

投げられながらもがむしゃらに耐え、反則(噛みつき)まで使って立ち上がった。自分でも獣じみている……。なのに、なぜだろう。こんなにも頭の中が冷えて冷静になっていく自分が居るのは……。とても、静かだ。



寅が静かだと思えるのは集中しているからだけではなかった。

熱気に包まれていた二人を囲っていた人間の垣根が一気に引いたのだ。

荒事が日常の大江戸学園の生徒、それも同心や火盗改が恐怖したのだ。足の肉を喰いちぎる獣に……。

例えば動物園で動物を眺めることはある。肉食の獣、巨大な獣、毒を持つ生き物。それらを喜々として眺める。しかし、それはあくまで檻にガラスに遮られ、安全に配慮されているからである。

もしも、大型肉食獣が目の前で闊歩していたら常人なら間違いなく逃げ出す。

そういう状況に近い。はたから見れば闇雲に人を襲いかねないと見える暴走した寅に恐怖したのだ。


「すーー……はーー……」

そんな外野のことを完全に消しして大きく息を吸って、吐き出す。
右腕をあげて、拳を握る。左腕もあげる、拳を握る。あれだけ叩きつけられても動く両腕、これだ、これでいい。

この両腕こそが、自分の最も信頼できる武器。

あとはもう、いい。残り出せるだけを出す。
全てをぶつけてやる。



恐怖に屈しなかった猛者たちのうちの一人が口を開いた。

「これは……言っていいことかどうか分かりませんが、私と灯君は寅君の鍛錬に付き合っていました。」

王様は冷たい吐息のようにひと言だけ返した。

「らしいな。」

「そのとき、いっていたんですよね。自分は今のままでは小鳥遊悠には勝てない、と」

「ほう、そんな弱音を吐く奴だったとはな」

どこか面白そうに返答する崇だが、雲山は気にせず続けた。

「しかし、彼の鍛錬量は異常そのものでした。彼は天才ではないかもしれない。けれど、心の強さと根性なら、間違いなく悠君を凌駕している。」
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