窓の外を眺めていると雨しずくがガラスを打った。天気予報では一週間は猛暑の晴れマークの羅列が並んでいたのに。雨足はだんだんと激しくなり夜の森が見えていた景色も今は雨垂れしか見えなくなった。それでもぼんやりと夜の闇を見つめているとか細い女性の声がした。

「こんばんわ。」

「え、あ……はい。こんばんわ。」

いつの間にか自分の横に立っている女性はとても細くはかなげな雰囲気を纏った人だった。真っ白なワンピースと室内なのに真っ白なツバの丸い帽子を被っていて、失礼ながら人間だった者……幽霊なんじゃないとか疑いたくなる肌の白さをしている。触るとそのまま向こう側に突きぬけてしまわないかと思ってしまうほどの朧いでいる。

その人であると思う女性はそっとはにかんでいった。

「ごめんなさい。驚かせしまったかしら?」

「あ、いえ……ちょっとだけ。」

「数週間前からここのホテルで泊まっているんだけど……お話しする人がいなくて声かけちゃったの。アナタは下にいる子たちのお友達?」

下はホテルのロビーで千草達が集まってカードゲームわしている。他にお客さんも居ないと思っていたので結構な大騒ぎだ。今さっき、ひと暴れしたとは思えないほど千草はケロッとしていた。

「はい。私の友達です。あ、もしかして騒がしかったですか?」

「いいえ、そんなことないわ。元気な声が聞けて私も元気が出てきたもの」

建前的ではなく本当にそう思って答えてくれている様子だった。とても元気そうには見えない血色だが両手でサムズアップサインをして見せている。イマイチキャラは掴めなかったので会釈で鈴猫は返事をしておいた。

「私は桜花鈴猫って言います」

他にお客さんは居なさそうなので特に注意もせずにいたのは失敗だったかもしれないと内心思ってもいた。けれど、鈴猫自身、やっと猫気に刺されて毒が抜けて動けるようになったので気分転換にブラついていたのだ。

「鈴猫ちゃんでいいかしら、私は石田吉継(いしだよしつぐ)っていうの。一応既婚者」

今までとは一段階アップした笑顔と左手の薬指に着けた指輪を見せる。エンゲージリングはゴールドの物が多いが彼女が着けている指輪はダイヤモンドを美しく際立たせる、しなやかに流れるラインがシンプルで美しい銀色だった。

鈴猫はつい口に出していた。

「わぁ……綺麗」

「そういってもらえると嬉しいわ。これね、プラチナなんですって。アメリカではそれが多いらしいの」

「新婚さんですか?」

「ううん、三年目。でも、仕事熱心な人でね。近くにいてもとても遠い人なの」

「そうなんですか……。」

余計なことを聞いてしまったかもしれないと口を窄めていたが、そんなことはお構いなしに吉継は鈴猫の手を引いていった。

「こんなおばさんとで良かったらもつとお話聞いてもらえないかしら」

おばさんというにはあと十年は必要じゃないのかというツッコミ入れずにうなずいた。それだけでさっきよりまた一段と血色がよくなった。よっぽど話しがしたいのか鈴猫の手を引いて側にあるソファまで歩いた。本人はきっと強めに引っ張っているのか手の甲の薄い皮膚に血管がぷくっと浮いている。けれど、とてもよわよわしい力だ。子犬と綱引きしても負けてしまうんじゃないかと心配になるくらいの非力。

見た目通り体力がないっぽい。数メートルさきのソファにぺたりと座ったと思ったらふぅふぅと軽く息が上がっていた。鈴猫は少し心配になって、目のまえの自動販売機で飲み物を買うから何が良いかとたずねると水と答えた。ミネラルウォーターのペットボトルと自分用の缶コーヒー購入して、非力な彼女のとなりに座ってから手渡しでペットボトルを渡す。投げてパスしたら受け止め損ねて骨でも折れないかと危惧した。

「ありがとう」

吉継はもぞもぞと身をよじった。

「うぅん……うぅん……。」

受け取ったペットボトルの蓋が開かないらしい。どれだけ力がないのかと、人の良い鈴猫も呆れてしまった。気張りすぎて血管が切れたら困るれで蓋を開けてから渡し直した。