「それはご本人にいってくださいにゃ」

山子狛はそういって後ろにいる弩躬と後退してベッドに倒れ込んだ。ネコはネコで鈴猫の八極拳を叩きこまれいてアバラの数本が折れている。ただ、ネコはCongenital Insensitivity to Pain with Anhidrosis,、略してCIPA……日本語で言うと先天性無痛無汗症（せんてんせいむつうむかんしょう)遺伝的要因により主に神経障害などを含む先天的な疾患群である。

先天性無痛無汗症を含めHSANの発症の原因は現在の医学では解明されておらず、根本的な治療方法も今のところ無いのが現状である。また、患者数が少なく認知度も低い。 常染色体劣性の先天性無痛無汗症は、ノックアウトマウスの研究からTrkAの遺伝子変異が原因と考えられている。症状は大まかには名称の通りで、痛みを感じず、汗もかかないというものである。症状のレベルには個人差があり、痛みや熱さ、冷たさの感覚が全く無い人から少しは感じる人もいる。感覚が無い故、知らぬ間に自分の舌を噛み切ってしまったり、誤って大火傷などをしてしまう恐れがある。

そして、先天的な症状であるためそれらの危険を学習することが難しい。また、軽度、あるいは境界線上程度の知的障害を併発することも多い。それがさらに危険認知を難しくしている。さらに、発汗性が無く体温調節ができず、直ぐに体温が上昇してしまい、常に気を使っている必要がある。そのため、健常者並みの基礎的な運動能力はあっても体温上昇のため運動は不可能なのだが、ネコは死に物狂いで拷問のような訓練の耐え抜いた末、不可能の壁を打ち破った。もしかしたら治療できるかもしれないという話しを蹴って、無痛無汗症を自分の特徴として過ごしていくと宣言したのだ。

狛はAAAという組織に所属している理由もまたマリアンと同じく柏の引き抜きだ。犯罪歴は無い、ただ児童養護施設から引き抜かれたという事だった。それ以上の経歴を知っているのは、これもまた柏とネコの間だけだった。

海は腕を包帯でぐるぐる巻きにしている男を見上げた。

「っで、鳥居はんはなんで出ていきたがるんかいな?」

「えーと、ほら、他の怪我人回収してきますよ」

「回収作業は砕はんが走りまわってくれとるから問題ありまへん。怪我人は大人しゅうしといてもらいまひょか」

砕とは蘇砕(すーふぉん)という中国人で弩躬はちゃんと顔を見たことは無かったが柏と光臣が極力平和的な方法でAAAに加入させた男だ。当然、ただの人では無いのだろう。さっきからここへ運ばれてきた人間のほとんどは砕が担いで連れて来ていたのだから。

「あー……じゃあ、正直に、悠の様子を見に行きたいだけです。もうすぐ金剛とやります。あんな機械越しの喧嘩なんかより肉眼でみたいじゃないですか」

弩躬とは本当に正直だった。そして、その理由は空にも痛いほど伝わった。花火が人を引き付けるように、絶世の美女と最高に良い男が引かれあうように、稀代の天才が描いた絵画が何百年も人を魅了してやまないのと同じ。とてつもないエネルギーとエネルギーのぶつかり合いを至近距離でその脳裏に刻みつけたいと、心が脳が欲しているのだと……。

止められない、止めたとしても無駄だと分かった。空はため息をついていった。

「はぁ……わかりました……。ほな、好きにしてください。」

「話しが早くて助かりますよ」

初めから止めるつもりもない様子だったマリアンが不意に弩躬とを静止した。

「少し待ちなさい」

「なんだ?」

「どないしましてん?」

ひとを思うことの数少ない外人女医が止めたことに弩躬だけでなく空も首をかしげた。

彼女は右手をポケットではなく胸の谷間に突っ込んだ。アメリカのギャング映画の一場面か日本のアニメで例えるならルパン三世の悪女ヒロイン峰不二子みたいな行動だ。その谷間からスマートフォンを取り出しておもむろに操作する。

「見にいくは良いんだけど気をつけた方が良いわ。」

「なにに?」

「匣ちゃんが消えちゃってるのも怪しいけど、光っちゃんも動き出したみたいだから鉢合わせにならないようにね。そけと……雨が降るわ。」

「雨?天気予報はカンカン照りが続く予報じゃなかったっけ?」

「忘れたの?この人口島は海域的に昼間が暑いと夜に雨が降るって、今日は少し風があるから雨が降るとちょっとした嵐みたいになるわよ。」

嵐になる。その言葉通り既に外では雨が降り始めていた。