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SV

「あのさあ」
 ネモが自販機のボタンをちょうど押したときのことだった。声をかけたのは、同じクラスの生徒ではなかったようで、ネモが振り向いて顔を見ても、誰なのか分からなかった。ネモは、ちょうど今からバトル学の授業を受けるつもりで、同じ授業をとっているアオイと、同じく最近復学したペパーに渡すためのおいしい水を購入していたところであった。ゴトン、と飲み物の落ちる音がする。
 
「この子から勝負で巻き上げたお金、返してあげなよ」
 刺々しい物言いだった。声をかけてきたのは腕組みしながら下から睨みつけるように視線を向ける女子生徒であったし、ネモはとにかくそんな物言いをされる覚えはなかった。おそらく、『この子』であろうジャージ姿のおどおどとした生徒と、他にも知らない顔の女子生徒が同じく睨みつけるような目線をこちらへ投げかけていた。
 
「…あっ! きみ! この前バトルしたよね?」
「…あ…うん……」
『この子』の顔を思い出したネモはそう指摘して、ジャージ姿の生徒は小さな声で相槌をした。
「あんたのせいで今週お昼何も食べれないんだって」
 ネモは思案する。たしか、ジャージの生徒とバトルしたときは自分から誘って勝負をし、自分が勝利したことは覚えている。しかし、そこまで言われるようなほど賞金をもらった覚えはないし、ネモは賞金目当てで戦っているわけではない。強いトレーナーが一方的に弱いトレーナーから金銭を巻き上げるような行為を、ネモは行ったつもりはなかったのだ。
 
「だいたいあんた前から思ってたけど一年生のくせに生徒会長とかなんなの? 生意気じゃない?」
「えっと…」
 ネモは、薄ら笑いを始めた女子生徒を目の当たりにして、瞬間的に理解した。ああ、これは八つ当たりだ。
 時折あることだ。ネモはチャンピオンランクの生徒会長で、成績優秀で、先生からも覚えめでたい。比較的、他人の悪意に鈍い方だとは思うけれど、流石にここまで露骨だと、少し腹が立つ。
 ジャージの生徒は、しきりに逃げようと視線を泳がせていたが、別の女子生徒にガードされていて、その場から動けないようだった。多分、無理やり連れてこられたのだろう。
 
「その子、無理やり連れてきたんだね。離してあげなよ」
「は? そんなわけないじゃん。被害者だもんねー?」
「……」
 女子生徒に肩を回されたジャージの生徒は肯定する。本人に肯定されてしまうと、それ以上何を言えばいいのか、口論慣れしていないネモは言葉に詰まってしまう。
 
「迷惑してる人いっぱいいるんだよ。副会長とか、あんたがいるからバトル学出てないでしょ」
「年下の生徒会長が強すぎて同じ授業出るの恥ずかしくなったらしいって」
 彼女は、別の女子生徒と顔を見合わせてクスクスと笑っている。
 
「本当無駄にプライド高い人間はめんどくさいよねー、年下に負けるのがそんなにイヤなんだって感じ」
「やめてあげなよ、可哀想じゃん」
「理事長のコネで受かったから、勝負したらボロが出るんでしょ」
「それはあるかも」
 
「違うよ」
 ネモは反射的に遮る。今まで黙り込んでいたネモが急に強気に出たことから、勢いが削がれたようで女子生徒たちは顔を見合わせている。
 
「いくら渡したのかしら?」
 背後から一声。ネモが振り向くと、張本人がすぐ後ろに音もなく立っていた。
「チャル」
 そう呼びかけたネモの横をすり抜けて、女子生徒達に割り込むと、チャルはジャージの生徒の手を握る。
 
 チャルは、もう一度「いくらネモに渡したのかしら?」と問い直した。
「…二〇〇円…」
「二〇〇円ね」
 チャルは自販機に近づきお金を投入して、ボタンを押した。ゴトン、という音と共に飲み物が落ちる。掴むと、ネモが先に買っていた分と、今買った分、二本とも下から取り出して、片方をジャージの生徒に渡した。
「これで大義名分はないでしょ」
「………」
「もうやめ、行こ」
 苛立ちを増して更に突っかかろうとする女子生徒を、別の女子生徒が引き止める。
 萎えたわやらサイアクだの言い合いながら、女子生徒達は立ち去っていった。ジャージの生徒は、水を受け取った時点でさっさと逃げ出している。その背中を見ながら、チャルは「あんた、怒ってないの?」とネモの方を見ずに問いかける。
 
「うん、チャルほど怒ってない」
 にへ、とネモは気が抜けたように笑う。
 
「バトルで奪われたならバトルで奪い返すのがセオリー。あれは弱者じゃなくて、屑のやり方なのだわ」
 屑と一緒くたにされるのは心外なの、とチャルは顔の横に垂れ下がった髪の毛をはらう。
 
「これから先、わんさか出てくるわよあの類は。勝ち続けたら、身の覚えのないトラブルに巻き込まれることだってあるでしょうよ」
「チャル」
「べつにあたしが割って入らなくてもあんたなら上手くやってたって言いたいんでしょ? それはそうだろうけど、大体あんた授業あるんじゃないの? アオイとバックパックくんが探してたからあたしも手伝ってたんだけど」
「ありがとう」
「……………ぬう……」
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