青楼・小話

小話7 『遠征日記2』


 何か話を、と言われて仕方なく昔、友人と出かけた時の話をした。

『その日は朝から雨が降り続いていた。土砂降りではなく、しとしとと霧雨混じりの体に纏わりつくような。
 学校が休みだということで、私と友人たちは外出許可を取って学校の敷地から出て、郊外にある屋敷にやってきた。廃墟といってもいいほどに寂れた建物。中へ入ってみると昼間だというのに真っ暗で、ところどころカーテンが破れた隙間から外の明かりが漏れている程度。中が暗いという予測はついていたので、ランプの類は持ってきていた。
 見に行こうと言い出した友人がそのランプを手に先頭に立ち、私は特にどこの位置でも構わなかったので、最後に並んで歩き出した。』
「な、なぁ…参謀…。それって…怪談話か?」
 不意に同僚に問われて、いいえと首を横に振る。
「子供の頃に忍び込んだ廃墟での…言ってみれば冒険話のようなものです」
「ほ、ほんとに!?」
「ええ…」
 …多分。
「なんだ、おまえ…怖いのかよ?」
「まだ昼間だぜ?」
 などと囃し立てられ、彼は
「こ、怖くなんか…あるもんかっ!」
ムキになったように言い返す。
「用足しに行けなくなったりして?」
「そんなわけあるか!」
 ゲラゲラと周囲が笑い出す。
「その屋敷にはいくつか不思議な現象が起こるとされていて、それを解き明かすのが目的でした」
『一つ、時報を知らせる玄関ホールの大時計。
二つ、嘗ての主の肖像画の光る左の目。
三つ、寝室ですすり泣く女の声。
四つ、突然鳴り出すピアノの音。
他にもいくつかあるようだが、明確なのはその4つだったのでとりあえずそれだけでも確かめようと中へ入った。
 まずはエントランスの大時計を調べた。ネジ巻き式のそれは、子供でも仕組みを知っていれば簡単に巻けるもので、すぐに動かすことができた。結局それは集団で行った時に誰か一人が悪戯したのだろうということで納得した。
 次に肖像画の光る目だが、丁度エントランスの上に明かり取りのための窓があり、しかもそこに穴が開いていることがわかった。しかも誰の悪戯か肖像画の目玉には画鋲が埋め込まれていている。となれば、たまたま太陽か月の光がそこに当たった時に見た者がいれば、光る目が出来上がるというわけだ。
 三つ目。二階への階段を上がり、一つ一つ部屋を確認し、一つだけベッドのある部屋を見つけた。だがそれはもっと単純なもので、体重をかけてベッドを揺さぶると誰かがすすり泣いている音によく似ていた。
 そうして四つ目の、突然鳴るピアノ。屋敷の至るところでネズミが歩いているのを見つけたので、おそらく鍵盤の上をネズミが歩いて音を鳴らしているという結論に辿り着いた。
 それらの謎を解き明かしたことで、謎でも何でもないことにがっかりしながら夕方にはその屋敷を出て行くことにした』
 話がそれで終わったことに、先ほどの同僚がホッとしたらしく溜め息を吐いたのが分かった。
「それは…そこで終わりなんだよな?」
「ええ、その話は終わりです。ただ…」
 こちらの言葉にビクリと彼は肩を震わせる。
「ただ…なんだよ?」
「私を除くと、一緒に行った友人の数は4人だったはずなんです。それが、屋敷の中では5人居た気がするんです。でも帰る時にはやはり4人だった。途中で誰か参加するなんてことは聞かなかったし、彼は一体誰だったんでしょう…?」
 今にして思えば、あれは一体どういうことだったのかと首を傾げて考え込む。
「なぁ…それって…」
「はい?」
「やっぱり…」
「おい」
 ふと師団長が声をかけた。
「…一人足りなくねぇか?」
「ヒッ!?」
「まさか!?」
 幾人かが青褪めてすぐ、ドアを開けて戻ってきた者がいた。
「ただいま戻りましたー」
 能天気そうな表情で入ってきたのはワルター少尉だった。
「あ、話終わっちゃいましたか。すみません、ちょっと小用で…」
 などと照れ笑いを浮かべた表情は、とても愛嬌がある。が、それも自分の話に緊張を強いられていた面々にとっては神経を逆なでするものでしかないようで…。
「てめぇっ、ワルター!」
「ふざけんじゃねぇぞっ!!」
「わっ、わっ!何なんですかっ!?」
 憂さ晴らしにと皆に殴られたり、首を絞めつけられたりと謂れのない制裁に遭っている彼を、気の毒そうに見遣る。その向こうで、悪戯な笑みを浮かべて一瞬こちらにウインクしてみせた師団長に、仕方のない人だと苦笑を洩らした。
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