青楼・小話

小話4 『太陽の面影』 (ナザクスside)

「総参謀のアルベルト・シルバーバーグだ。参謀長と兼任になるがよろしく頼む」
 秘書室へやってくるなり、あの人はそう挨拶した。2年前にこの場から去って行ったのとほとんど変わらない様子で彼は戻ってきた。ラナ女史はどこか気にいらない様子ではあったが、それでも赦してはいるのか…渋面を作っている様子も何となくわざとらしい。
 オレはこのヒトのことが割と気に入っている。実力主義ということで、ゼクセン出身の平民のオレでも軍団秘書官として登用してくれ、責任ある仕事もそれなりに任せてくれる。いちいち部下の仕事に口出しはしないし、失敗した時だってこちらばかりを責めたり、罪を被せたりするようなことは一切なかった。多少の取っ付き辛さはあれ、上司の鑑のような人だと思う。
 前軍団長を誑し込んで参謀の座を手にした、なんて未だに言う連中もいる。あの方の死後にここを出て行った時だって大恩あるレスター閣下を裏切ったのだから、またいつ裏切るかわからないなんて陰口を叩く連中は後を絶たない。それに関して言い訳一つするでもない姿勢が傲慢だと批難する者もいる。結局何をどうやっても批判は存在するのだが。

「…何も、言わないんですね」
 彼が休憩時に一人になった折、聞いてみた。
「言い訳とかしないんですか?皆あなたを悪く言っているのに」
 現在彼が手がけているのは、新しい軍団の人事編成だ。グスタキオ前軍団長が急逝された時に急遽行ったようなものではなく、今度はフォーベル軍団長の元で彼の特性を生かせるよう取り計らった新たな人事。
 そのことを知れば、このヒトがこの軍団のことを考えているというのがわかるだろうに、発表の日まで黙っているようにと幹部にも厳しい緘口令を布いている。不確定なことで下を惑わすのは好ましくないということはわかっているが、自分にとって彼が悪く言われるのはあまり気分が良くない。
「そう言われるには言われるだけの理由が私にあるのだから仕方ない。前から言っているが、私にとって重要なのはその過程ではなく結果だ。頑張った。努力した。でもダメだった…では意味がないんだ」
 結果を出せて当然。出なければ失策。そういった常に結果を求められる仕事であることはわかるが…。
「だからおまえたちにも相応のものを求めることになるだろう。これからもよろしく頼む」
 などと言われてしまえば頷くより他はない。
「勿論ですよ。オレは最初からそのつもりです」
「…おまえと、ラナ。…少なくとも二人の部下に恵まれたわけだから、幸せというべきだろうな」
 褒め言葉か、あるいは何かの揶揄か。だがとりあえず前者と受け取ることにした。
「あなたの信頼に応えられるよう努力します」
 僅かに頭を下げて告げると
「期待している、ナザクス」
彼はそう言って微笑を浮かべた。
「……」
 その時の表情が誰かと重なって見えた。…が、それはすぐに幻となって消える。笑っていてもどこか憂いを帯びたような彼の表情から、少しだけだが暖かな陽だまりのような印象を感じた。
 誰の笑顔だったろうか、と考えて既に背を向けて行ってしまった参謀の後ろ姿をじっと見つめる。
「…そうか」
 小さく呟いて、彼に一番近かった人物のことを思い出す。グスタキオ軍団長に、似ているんだ…と感じた。
「今でも…あなたの中に、あの方がいるんだな…」
 夏の太陽のような彼の存在が、真冬の宵に暁を齎したのかもしれない。そう思うと、少しだけ心の錘が軽くなった気がした。
4/8ページ
スキ