七英雄わちゃわちゃ

キリ番リクエストでいただいたお題です。
○○には薬学を入れてみました。
ロックブーケとの深夜のお茶会をしています。

ボクオーンが薬学を始めたきっかけ


 ボクオーンは棚に並べられたたくさんの白い陶器の中からお目当てのものを手に取った。
「ああ、ありました。準備をするので、ゆるりとくつろいでいて下さい」
「ありがとうございます」
 暖炉の前の椅子に座っているロックブーケが、手をかざして温まっているのを横目で見た。深夜に近い時間だが、体調不良を訴えてきた彼女に薬の調合を頼まれたところだった。
 窓枠がガタガタと揺れた。
 外の吹雪は止む気配がない。一定間隔で雪が窓を叩く音が鳴り、時折屋根が軋む音が響く。明日の雪かきも大変だな、なんてどうでもいいことを考えながら、ボクオーンは歩き出した。
 底冷えする窓辺から暖炉の前に移動すれば、強張っていた体も自然と緩んでくる。
 テーブルの上の砂時計の砂がちょうど落ち切った。
 ハーブティを注ぐと、湯気と一緒にハーブの爽やかな清涼感が辺りを覆った。
「はい、どうぞ。体が温まると思いますよ」
 礼を言ってティーカップを受け取ったロックブーケは、ふうふうとハーブティーに息を吹きかけ冷ましている。
「こんな遅い時間にすみません」
「今晩の冷え込みは一段と厳しいので、お気になさらず。……まあ、こんな時間に異性の部屋を訪れるのは感心しませんけれどね」
 苦笑とともに、手にした薬草を三つ並んだすり鉢にそれぞれ入れる。乾燥したそれをすり潰していると、ころころと笑うロックブーケの声が聞こえてきた。
「あなたのことを異性だなんて意識したことはありませんわ。もうみんな、家族みたいなものですもの。もちろん、ワグナス様は除いて、ですけれど」
「それは光栄ですね。ですが、あなたに兄だなんて呼ばれた日にはノエル殿に何を言われるか」
「あら、嫌ですわ。あなたは親戚のおじさんポジションでしょう?」
「おい」
 いくらなんでもおじさんはないだろう。数百年生きてはいるが、それは目の前の美しい女とて同じこと。眉間に皺を寄せてしかめっ面を作ってやると、彼女の笑みが深まった。
 泣くほどに苦い草でも混ぜてやろうか。
 そんなことを考えながら作業をし、何種類かの薬草をすりつぶし終えた。
 薬包紙を数枚並べ、すり鉢から匙ですくった粉末を乗せていく。
「頭痛に効く草の他に、体を温めるものと寝つきやすくなる効能の物も混ぜておきますね」
 温かいお茶を飲みながら、ロックブーケは素直に頷いた。
 無言になった部屋に、火が弾ける音が響く。ボクオーンはそんな音を聞きながら、機械的に手を動かした。
「いつも思っていたのですが、軍師って薬学も必須技能なんですの?」
「嗜んでいる者もいるでしょうが、私のは完全な趣味ですね」
「ボクオーンが嗜むなんて、何か裏がありそうですわ」
 その発想はなかなか面白い。ボクオーンは口元に笑みを浮かべて、こちらを伺うロックブーケへと視線を返した。
「もちろん、下心はあります。薬師が同行していない戦場で、体調不良の相談に乗って、お偉方に顔を売ったりできるとか、ね。弱っているところに手を差し伸べることは、軍師としての功績を上げるよりたやすく信頼を勝ち取れるのですよ」
 ボンクラな貴族なら尚更、と告げながら悪い笑みを浮かべると、ロックブーケは呆れたような顔をした。
「まあ、ボクオーンらしい。でもまあ、人を救いたいなんて熱い思いがあったら、逆に驚いていましたわ」
「他には、お茶会も同様ですね。人は美味しいものを食べていると、無防備になりやすい。薬も混ぜやすいし、美味しいものを振る舞い煽てて気分を良くしてやれば、貴重な情報もポロリと出てきたりしますね」
「……私たちからも情報を抜き取っているんですの?」
「黙秘しておきましょうか」
 ロックブーケがむくれるように唇を尖らせた。その手から空になったティーカップを受け取る。
 そこに今しがた作ったばかりの粉末を入れてお湯を注いだ。匙でかき混ぜると、立ち上る湯気と共にふわりと薬草の香りが広がった。
 差し出すと、ロックブーケはお湯に息を吹きかけて、ゆっくりと啜った。眉間に皺が寄る。苦かったのだろう。
 笑いを堪えながら手元に視線を戻し、作業を続ける。
 薬の粉末を乗せ終えて、それぞれの薬包紙を折っている最中、ふと、今では思い出すこともなくなっていた子供の頃の情景が脳裏に浮かんだ。

 ボクオーンの故郷は森が深い場所にあった。
 森に生きるものの教養として、元薬師の祖母から草花の種類と効能は叩き込まれた。薬に限ったことではなく、食べられるもの、毒、さまざまな知識だ。
 貴族階級であったから、領地経営に必要な経済学や歴史、言語や戦術についても学んでいた。
 その中でもとりわけ興味を持ったのが、薬学だったかもしれない。
 味や効能がわかりやすく体感できるのが、子供心に楽しかった。
 そして何より、自分の知識を継承して喜ぶ祖母が頭を撫でる手のひらの温かさが、心を穏やかに満たしてくれた。

「ボクオーン?」
 名前を呼ばれて我に返る。いつの間にか作業の手が止まっていたようだ。
 厳しい風が窓枠を激しく鳴らしていた。
「ああ、すみません」
「……笑っているようでしたが、どうしましたの?」
 ほんのりと香る薬草が祖母の記憶を思い起こしたのかもしれない。苦笑しながら、特に隠すことでもないので素直に白状をする。
「祖母が薬師だったと思い出していました」
「まあ、お祖母様との思い出がありますの?」
 ボクオーンの過去という珍しい話題に、ロックブーケは瞳を輝かせた。
 弱みでも握ろうとしているのかと穿った想像をしながら、ボクオーンは薬包紙を丁寧に折りたたんでいく。
「遠い昔の記憶のためあまり覚えていませんが……。思い返せば、薬草の知識は祖母から技能の継承を受けたことがきっかけかもしれませんね。他の学問と違って、効能が目に見えて分かるところにハマっていました」
「怪我人や病人で試していましたの?」
「熱中していたのは、どちらかというと毒ですね。どの程度なら問題がないか、動物や自分で試したのが祖母に知られた時は、大目玉を食らいました」
 若干引いたように、ロックブーケが顔を引き攣らせる。
 今にして思えば、自分に試してみるなど無謀なことをしたものだ。だが、そのおかげで毒への耐性もついたので、何が幸いするかはわからないものだ。
 たたみ終えた薬包紙を紙袋に入れて、ロックブーケの前に置く。
「部屋に戻ったらすぐにベッドに入っておやすみなさい」
「ええ。ありがとうございます」
 ティーカップに残った薬を一気に飲み干し、渋い顔をしながらロックブーケが立ち上がった。
 扉のところまで見送る。
「そうそう。今日お話しした内容は皆には秘密で」
 ボクオーンが口元に人差し指を当ててそっと微笑むと、ロックブーケはパチリと大きく瞬きをしたが、次の瞬間、いたずらっこのようにニンマリと頬を緩め、ボクオーンと同じように人差し指を口元に寄せる。
「二人だけの秘密ですのね。それではお礼に、今度お茶をするときは私の秘密をご披露いたしますわ」
「乙女の秘密ですか。それは高くつきそうですね」
 ふふふと朗らかな笑みをこぼし、ロックブーケは一礼をした。
 紙袋を抱えて廊下を歩いていく彼女の姿が闇に溶けていくのを見届け、ボクオーンはゆっくりと扉を閉めた。



リクエストありがとうございましたっ。
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