七英雄わちゃわちゃ

風邪を引いたボクオーンのところにみんながお見舞いに来る話


 ボクオーンは熱を出して寝込んでいた。
 原因は前日に氷点下の気温の中、川に落ちてずぶ濡れになったせいであろう。同じように濡れていた数人の仲間が何ともないのは解せぬ、とボクオーンは思っていた。

 高熱にうなされて、自室で寝込んでいるボクオーンのことを仲間たちは見舞ってくれた。
 
 最初に現れたのはダンターグだった。厚顔無恥に見える彼だが、仲間と認めた人間に対しては義理堅い一面もある。
 彼は見舞いの品に猪を担いでやってきた。ドスンと音を立てて目の前に置かれる猪を、ボクオーンは目を見開いて見つめた。
「熱を出すなんて鍛え方が足りねぇんだよ!」
 「お前らが脳まで筋肉で出来ているだけだ」と返したい。見舞いに来てもらっているので言葉にするのは控えたが。
「もっと肉を食え! 肉を食わねぇから小せえんだ」
「身長と肉は関係ないでしょう! げほげほ」
 大声を出したせいで喉が痛み、咳き込むボクオーン。ダンターグはそれを見てけらけらと笑っていた。
 猪は厨房に運ばせて、ついでに処理を頼んでおいた。ダンターグは放浪や修行で野宿をしていた経験が長いので、獣の解体はお手の物だ。熱のせいで食欲はないが、食いしん坊の仲間達がおいしく食べてくれるだろう。

 次に現れたのはノエルとロックブーケの兄妹だった。ロックブーケは花を、ノエルは燻製肉を見舞いの品に持ってきた。
 燻製肉!? とボクオーンは二度見した。
「後衛といえど、この程度で熱を出すのは少し鍛え方が足りないのではないか? 今度君のための練習メニューを考えてみよう」
「お気遣い痛み入ります……」
 脳筋二号だと、ボクオーンはげんなりしていた。
 花瓶に花を飾ってきたロックブーケが戻ってきた。色鮮やかな花達は見た目が華やかで、気持ちを明るくさせてくれる。
「植物が好きそうなので選んでみましたの。早く元気になって」
「ありがとうございます。鼻が詰まっているので香りは楽しめませんが、見た目が鮮やかで沈んだ気持ちの慰みになります」
 微笑みを浮かべたあとで彼女はナイトテーブルへ花瓶を置いた。そしてその場に鎮座していた燻製肉を手に取りノエルに問う。
「ところでお兄様、どうして燻製肉なのですか?」
「熱がある時こそ精の出るものが必要だろう。とは言えさすがに生肉を持ってくるわけには行かなかったので、代わりに選んだ」
 ノエルの解説を聞きながらロックブーケは燻製肉を少し離れたテーブルの上に移動させる。
「何故移動をする? 一口サイズに切ってあるぞ。小腹が減った時にいつでも摘める位置に……」
「それではボクオーン、お大事に」
 たおやかな微笑みを残して、ロックブーケはノエルを連れて部屋を出ていった。
 ありがとうロックブーケと、ボクオーンの心の中は彼女への感謝で一杯だった。

 その次に部屋を訪れたのはワグナスだった。
 彼はボクオーンの体調不良を鍛え方が足りないせいだとは指摘しなかった。実のところ、言われる覚悟をしていたため、安堵で胸を撫で下ろしたほどだ。――ボクオーンは普段、ワグナスを脳筋だとは思っていない。断じてない。たが実は彼も川に落ちたひとりである。
 彼と話をしていたところ、控え目に扉が叩かれた。現れたのは果物の入った籠を抱えたクジンシーだ。
「見舞いを持ってきた」
「果物とは、あなたにしては気が利いていますね」
「そこは素直にありがとうって言うところだろ」
 和やかに会話をしていると、傍らでそれを聞いていたワグナスが申し訳なさそうに眉根を下げた。
「すまない、見舞いの品を忘れていた」
「いいえ、お気遣いなく。忙しい時間を割いて顔を見せに来てくれただけで嬉しいですよ」
「おい、俺の時と態度が違わないか?」
 ボクオーンはクジンシーの言葉を軽く受け流した。
 ワグナスは難しい顔をして腕を組んでいた。その彼の視線が、クジンシーが持ったままの籠で止まる。
「こんなことしか出来ず申し訳ないが、何か果物を剥こう」
「えっと……でしたら、みかんを――」
「風邪の時といえばリンゴではないか? 子供の頃に読んだ本にそのようなシーンがあったな」
 幼き頃に思いを馳せたのか、優しい表情で微笑むワグナスを前に、ボクオーンには頷く選択肢しか無かった。
 
 ワグナスは椅子に座り、膝の上に皿を置いてリンゴの皮剥きをはじめた。
 ボクオーンはクジンシーに目で問うた。『ワグナスはナイフを使えるのか』と。実はボクオーンはワグナスが料理をしているところを見たことがなかった。クジンシーは何度も首を振ることで知らないことを示していた。
 ワグナスはリンゴの頂点部分にナイフの刃元を入れてリンゴを回す。しかし皿の上には赤い皮とともに白い実の部分も分厚く落ちていった。しかも妙にたどたどしい手付きだ。指を置く位置も見慣れたものとは異なっており、削ぎ落としそうで怖い。
「ワ、ワグナス殿、慣れないのであれば串形に切ってからの方が安定感があるので、容易かもしれませぬぞ」
「俺もそう思う!」
 指摘を受けて、ワグナスは二人の顔とリンゴとを交互に見やり、微笑んだ。
「問題ない。昔スービエがやっているのを見たことがあるから、大丈夫だ」
 それは何も大丈夫ではない! とボクオーンは心の中で叫んだ。
 背筋を伸ばした美しい姿勢でリンゴの皮剥きに取り組むワグナス。ボクオーンとクジンシーは保護者の気持ちでそれを見守っていた。
 片手剣を扱うワグナスは蝶のように舞い、鮮やかに敵を両断していく。扱っているのは括りでいえば同じ刃物だと言うのに、何故あんなにもたどたどしい軌跡を描くのだろうか。
『クジンシー。あなたが代わりにやると言いなさい』
『えー、やだよっ! ワグナスがお前のために剥くって言ってるのに、割り込めるわけないだろっ』
 声は出せずにボクオーンとクジンシーは口パクで会話をする。
 シャリ、シャリ、……ジョリン。たまに奇妙な音が混ざる。大丈夫か、指は落ちていないかと、二人は固唾を呑んで見つめていた。熱が上がってきたのか、目が回ってくる。
 いつになく気が利くクジンシーがボクオーンの額の上に冷やした布を置いてくれた。
 ことりと音を立ててリンゴの皮の端が皿の上に落ちた。皮剥きが終わった。予想ほど酷いことにはなっていない。身は半分は残っている。
 小皿にリンゴを乗せて、ワグナスはボクオーンに差し出した。
「さあ、食べてくれ」
「え、小さく切らないの!?」
「このままで大丈夫です! ごほっ」
 クジンシーの言葉に被せ気味で声を上げた。ここから刻んで種を取ってみろ。食べる部分がほとんどなくなるだろう。
「少し小さくなってしまったな」
 苦笑を浮かべて皿を渡すワグナスに、体を起こしたボクオーンは笑みを返した。
「いいえ、お心遣いに感謝します」
 ボクオーンが皿に手を伸ばしたその時、ゴンゴンと扉が鳴った。手で叩いた音ではない。それは例えるならば足で蹴っているかのような響きだ。
「おーい、開けてくれ」
 スービエの声。
 何事かと慌ててクジンシーが扉を開ければ、鍋と椀が乗っているトレイを持つスービエが立っていた。
「水を浴びたくらいで熱を出すなんてだらしねえなぁ。鍛え方が足りねぇな。それはともかくねおかゆを作ってきてやったぞー」
 脳筋三号、とボクオーンは心の中で命名した。
 テーブルにトレイを置いたスービエはベッドに近づいて来た。ボクオーンの額に手を乗せ、熱の高さを確認する。「調子悪そうなんだからちゃんと寝させてやれ」と、傍らのワグナスとクジンシーに注意をした彼の視線が、ワグナスの手元の皿に移った。
「ヘタクソだな」
「言い方!」
 従兄弟とはいえ言い方があるだろうと思わず叱るが、スービエは意に介した様子がない。他人がワグナスを悪く言うと怒るくせに、自分はどうなのだ。
 対するワグナスは苦笑を浮かべているだけだ。ダメージは受けていないのだろうか。それならば良かったとほっと息を吐く。
 スービエはリンゴの皮が乗った皿をナイトテーブルに置くと、ナイフで皮を短く刻んだ。
「リンゴは皮にも栄養があるし食えるんだ。もったいないから食えよ」
 と言って、スービエは一口サイズの皮付きの身をワグナスの口の中に押し込む。次はクジンシーの口へ。そして自らは長く伸びた皮を咥えた。
「行儀が悪いぞ」
「んー」
 彼は手を使わずに皮を食べながら、リンゴの実を一口サイズに刻んでボクオーンの口へ放り込んだ。咀嚼すると甘い味が口の中に広がる。美味しい。
 スービエは一口大に刻んだリンゴを皿ごとボクオーンに渡した。そして皮を適当な長さに刻み、残りの三人に分ける。
 しゃくしゃくしゃくと、リンゴを咀嚼する音だけが部屋に響く。
 ボクオーンは普通にリンゴを食べているが、残りの三人は長く伸びたリンゴの皮を垂らしてかじっている。その絵面が面白くてボクオーンは吹き出した。
 皆からの訝しげな視線を受けて、笑いながらボクオーンは答えた。
「いい大人が真面目な顔をして、リンゴの皮を口から垂らして食べている姿が面白すぎて……」
 とても愉快で、心がほっこりと温かくなる。こんな時間も悪くはないと珍しく浸って笑う。
 しかしそれを見守る三人は、不安そうな瞳をボクオーンに向けていた。
「おかゆ食えるか? 早く食って寝た方が良いぞ」
「熱が上がってきたのかもしれないな。寒気はないか? 毛布が必要なら言ってくれ」
「そうだよっ。お前が企みごとをしているわけでもないのに、ニコニコしてるなんておかしいっ」
 あまりな言い分にボクオーンは絶句する。人が珍しく和んでいたというのになんて言い草だ。
 ボクオーンは眉間にしわを寄せて目を細め、舌打ちをしてやった。
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