七英雄わちゃわちゃ

2026年正月



 年が明けた。
 国中が祝賀に浮き足立っているが、タームの脅威は予断を許さない状況にあった。
 ワグナスが新年早々の軍議に参加するため廊下を歩いていると、兵士たちが新年の挨拶をしてくる。
「ああ、ありがとう。本年もよろしく頼む」
 と返すものの、妙な違和感があった。
「……なんだか様子がおかしくないか?」
 隣を歩くスービエが、すれ違う兵士の背中を見て怪訝そうに眉を顰めた。
 ワグナスは顎を撫でながら頷く。
 ――なぜだろう。言葉は交わすが、誰一人として視線が合わない。
「私の顔に何かついているか?」
「いいや。いつもと同じ仏頂面だぜ」
 スービエと視線を交わして肩をすくめる。
 考えていても仕方がないので歩みを進めた。
 その道中でボクオーンを見かけた。
「ワグナス殿にスービエですか。謹んで新年のお慶びを申し上げます。本年もよろしくお願いいたします」
 二人に気付いたボクオーンが胸に手を当て、仰々しく頭を下げた。
「ああ。こちらこそ、よろしく頼む」
 と告げて目があった瞬間、そっと視線を逸らされた。
 ボクオーンは袖で口元を覆う。直前に見えた顔は笑いを堪えているかのようであった。
 ワグナスは眉を寄せた。一体なんだと言うのだ。
「今日ワグナスとすれ違う兵達はみんなお前と同じ反応なんだが、何が原因なんだ?」
「……新年の挨拶のポスターの作成をロックブーケに頼んだでしょう。なかなか良い出来なので、っぶ……コホン。見てはどうでしょうか?」
 ――一瞬吹き出すのを堪えていなかったか?
 不審に思いつつも、どうせボクオーンは教えてくれないだろうから、ワグナスはポスターが飾ってある掲示板へ足を運ぶことにした。その道中すれ違う兵達はやはりワグナスと視線を合わせようとはしない。
 一体何が起こっているのだ。

 掲示板の前には人だかりができていた。
 ワグナスたちに気付いた兵達が左右へ割れ、ポスターまで一直線の道が開かれる。
 その最前列にいたノエルが振り返った。眉間に皺を寄せた仏頂面だ。
 ノエルの横に並んだワグナスとスービエの視界にポスターが入る。
「ブフッ」
 スービエが吹き出し、そのまま腹を抱えて笑い出す。
 ワグナスは呆然と掲示板を見つめた。
 ポスターの中に広がっていた世界は、異様としか言いようがなかった。
 ロックブーケへの依頼は、兵を鼓舞するために新年の挨拶を書くというシンプルなものだった。それなのになぜ、白馬に乗った己が描かれているのか。何故目の中に星が浮かび、後光が差しているのか。乱舞する花びらに羽根。さらにはピンクのハート。何を描いた絵なのだろう――
「これはなんだ?」
「白馬に乗った麗しきワグナス様(ハート)、だそうだ」
 彼女はこのポスターの目的を忘れていないだろうか。
 意味が分からない。
「あはははは。ぴったりのタイトルだな」
 無責任に笑うスービエに冷ややかな一瞥をくれ、ワグナスはポスターに近づいた。
 廃棄するためにポスターに伸ばした手を、ノエルに掴まれる。
 鋭い視線をノエルに向けると、彼は無表情のままで首を振った。
「彼女の暴走を、なぜ止めなかった?」
「王子様服を着せるのは阻止した」
 背筋が震える。王子様服とは一体なんだ。想像できないが、ノエルが止めたほどなのだから、きっと恐ろしいものだったのだろう。
「ロックブーケは一生懸命描いたのだ。だから、破り捨てないでやってくれ」
 手を振り払ってやろうとしたが、ノエルはさせまいと力を込める。
「ノエル、君は妹に甘すぎないか?」
「まあまあ。面白いから……じゃなくて、なかなかの力作じゃないか。彼女も頑張ったんだから、その努力は認めてやろうじゃないか」
「スービエ、お前は面白がっているだけだろう」
「ほらほら、軍議に遅れるとボクオーンがうるさいぞ」
 ノエルが掴んでいる腕とは逆側をスービエに掴まれる。我が軍屈指の戦士二人に両脇を固められ、ワグナスは掲示板の前から強制退去させられた。
 すれ違う兵士たちがそっと視線を逸らす。その肩がかすかに震えているのを見て、ワグナスはため息を吐きながら項垂れるだけだった。
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