クジンシー×ボクオーン
バレンタインデーのクジンシーとボクオーン。
ハプニングキスの話の続きです。クジンシー視点。
ハプニングキス
最後にボクオーン視点のおまけもついています。
北風が吹き抜けて、クジンシーはくしゃみをした。ブルリと身震いをし、落ちそうになる荷物を抱え直す。
街は、どこか浮かれた空気に包まれていた。
商店街の軒先には赤やピンクの旗が掲げられ、謎の文字が並んでいる。この世界の文字が読めないので、なんと書いてあるのかまではわからないが、同じ言葉のようだ。
「おっそいなー」
クジンシーの腕にはいくつもの紙袋がぶら下がり、抱えた荷物もミルクや油など重量のあるものばかりだ。こんなに買う羽目になるなら、ダンターグにも来て貰えばよかった、と後悔しながらため息をつく。
カランカラン、と軽快なドアベルの音が響き、水色の髪の美少女が店から出てくる。ロックブーケだ。可憐な頬をほんのりと染め、赤い包装紙の箱を大切そうに胸に抱えていた。
「何を買ってきたんだよ?」
この寒空の下、長い時間待たされた不満が面に出る。
しかしロックブーケは浮かれた顔で、スキップするような軽い足取りで歩き出した。仕方なしにクジンシーはそれを追いかける。
「チョコレートですわ」
「お茶請けに?」
「違いますわよ、バレンタインチョコレートですわ」
「何それ」
得意げにロックブーケはバレンタインデーというものについて語り出した。長々と説明をしているが、まとめると『好きな人にチョコレートを贈る日』のようだ。
しかも、今日がその日らしい。
自分には関係のない話なので、適当に聞き流しながら「重いなー。ロックブーケも持ってくれないかなー」なんて思っていると、腕を引っ張られた。
体勢を崩し、ついでに荷物も落としそうになって慌てる。
「ちょっとっ」
「ねぇ、ボクオーンと何かありました?」
ロックブーケの長話を聞いているうちに、いつの間にか街を出ていたので、周りには誰もいない。それなのに彼女は顔をクジンシーの耳元に近づけてきた。
耳をくすぐる息がくすぐったいが、こんな美少女が密着しているのにときめくこともない。
腕を掴まれて逃げられないため、観念してボクオーンとの間にあったあれこれを説明した。
彼女は金色の瞳をキラキラと輝かせながら、「うん、うん」と相槌を打っていた。そして話を聞き終えた彼女は、
「じゃあ、チョコを買いに戻りましょう。ボクオーンに渡さなきゃ」
なんて言ってくるので、クジンシーは慌てた。
「いやいやいや。話聞いてたのかよっ。俺、振られたって言ってるじゃん」
「一度振られたくらいで諦めるなんて、情けないっ。私を見習いなさい」
「ロックブーケはワグナスに相手にされてないじゃん」
殴られた。グーで。
倒れるのは堪えた。大量の荷物を持っているんだから、勘弁してほしい。
恨みがましげな視線を向けるが、彼女は悪びれる様子もなく胸を張っていた。魅惑的な微笑みを浮かべて。
「いいこと教えてあげましょうか。実はね――」
結局強引なロックブーケに逆らうことができず、クジンシーは重い荷物を抱えて、もう一度街に戻ることになったのだった。
七英雄が拠点にしている屋敷に帰ると、労いを兼ねてのお茶会となった。
「じゃあ、片付けはクジンシー、よろしくお願いしますね」
お茶を飲み終えたあと、ロックブーケはわざとらしくボクオーン以外の皆を連れて、部屋から出て行ってしまった。
ボクオーンはトレイの上にティーカップを乗せながら、苦笑を浮かべた。
「買い出しで働いていたのもあなたなのに、随分と尻に敷かれていますね。ここは私がやりますから、部屋で休んでは?」
「いや、大丈夫」
クジンシーはテーブルに並んでいる食器をボクオーンの近くに寄せながら、そっと彼の顔を伺った。長いまつ毛が影を落とすきつめの目元。形のいい鼻。紅の引かれた小ぶりな唇。――あの唇の柔らかさを、クジンシーは知っている。
『半年くらい前から、ボクオーンって妙にあなたに優しくない?』
ロックブーケがクジンシーに告げた言葉が蘇った。だから二人の間に何かがあったのかと疑ったのだと。
半年前といえば、クジンシーが振られた時期だ。
そして言われてみれば、今も確かに気遣われているような気がする。
クジンシーは懐に忍ばせているチョコレートの箱を、服の上から撫でた。絶対に渡せと、ロックブーケから圧をかけられている。あのボクオーンだから、今日のこの日にチョコレートを渡される意味は知っているだろう。
つまりもう一度告白をすることであり――緊張のあまり、背中は汗で濡れていた。
ふいに、鋭い金色の瞳がこちらを向いた。
どきんと鼓動が大きく跳ねる。
真正面からボクオーンの視線を受け止めてしまって、逸らすことができなかった。
探るような色を含んだ瞳は、クジンシーの全てを見透かしそうだ。半年前に振られたくせに、女々しく心に残っている思慕なんて、みっともなくて悟らせたくない。
怯んで、逃げたくなる。
しかしロックブーケの言葉が頭をよぎり、踏みとどまった。
『ちなみにあなたは、ボクオーンのことを見過ぎですわ。鈍いお兄様以外、みんな気づいていますわよ』
個人的にはワグナスも怪しいとは思う。いや、彼女の言葉の本質はそこではなく、クジンシーの態度がバレバレだというところである。
そもそもの話、告白をしているのだから、気持ちバレなんて今更だ。
逸らしたら負けだと言い聞かせ、クジンシーはじっとボクオーンを見つめ返した。少しだけ怖くて、紫色の瞳が潤んだ。
ボクオーンがかすかに眉間に皺を寄せ、そっと視線を逸らす。
――勝った。と咄嗟に思ったが、睨めっこがしたかったわけではない。
クジンシーも明後日の方向を見やった。
窓から見える景色は灰色で、この恋心の行く末を象徴しているようだった。
気まずい空気がまるで質量を持ったかのように、体を重くする。
クジンシーはぎこちない動きで片付けを続けた。
食器が鳴る音と、クジンシーの異常に逸る鼓動だけが部屋に響く。
ふと、床に落ちる白いハンカチを見つけた。誰かの落とし物だろうか。
屈んで手を伸ばした時、ハンカチに影が落ちる。
怪訝に思い視線を上げると、間近に伏し目がちな瞳があった。ただでさえ早く脈打っていた鼓動が、さらに大きく跳ねた。
指先に自分ではない熱が触れる。ボクオーンの指だ。その指先は大きく震えて、勢いよく離れていく。
距離を置こうとするボクオーンの手首を、咄嗟に掴んだ。
全身が熱い。頭が白くなる。息が苦しくなる。もうわけがわからない。
ボクオーンを掴む手のひらは汗ばんでいた。
「さっきから何なのですか」
苛立った声が耳から入ってきて、クジンシーは我に返った。
ボクオーンの表情は無だった。
赤面して大変な状態になっているクジンシーに対して、彼は顔色も変えず、むしろ苛立つように目元に険を含ませている。
「いや、その、好きだなぁと思って」
うっかり馬鹿正直に答えると、ボクオーンの喉が鳴った。
あ、やべっ、と思い、その場にしゃがみ込んで頭を抱える。ボクオーンの手を掴んだままだったので、引っ張られた彼もその場に膝をつくことになった。
「そうじゃなくて、チョコを、もらってほしいと」
しどろもどろと言い換えて、懐から出した箱を繋がっていない方のボクオーンの手に押しつけた。
ボクオーンは手の中のそれをじっと見つめ、ため息をついた。
クジンシーは身を強張らせた。この呆れたようなため息は、苦手だ。
「半年前に、言いましたよね。あなたの気持ちには応えられないと」
「わかってるけど、だからってすぐに消えて無くなるもんじゃないだろ」
唇を尖らせて不貞腐れるように告げると、ボクオーンの口からため息が溢れた。
だからそのため息をやめてくれと心底思う。どうせキスをしたせいだとか、戦闘中の高揚感に当てられたからだとか言い出すのだろう。
「この半年、ちゃんとボクオーンのことを見て、やっぱ好きだなぁって思ったんだよ」
それを伝える気はなかったけれど。
チョコレートを渡さなかったことを、ロックブーケに知られると恐ろしいので、こんなことになっているだけだ。
「では、具体的にどこが好きだというのですか」
「顔」
馬鹿正直に答えると、ボクオーンは眉を顰めた。
「最低ですね。……それにしても、あなたの好みはロックブーケのような、可愛らしい女性なのではありませんか?」
「ロックブーケは確かに美少女だけど、その中にも、ほら、女王様気質っていうか。人を見下すような、傅かれて当然って感じの高慢さがあるのが、ゾクゾクするんだよ。それだから、たまに笑った顔が可愛くて、キュンってするっていうか、そんな感じ。で、それはお前も一緒だと思う!」
残念な物を見るような呆れた視線を向けられて、クジンシーは誤魔化すようにへらりと口元を緩めた。
「あと、ボクオーンの好きなところっていうと、やっぱり頭がいいところかな。俺とは根本的に出来が違うよな。作戦の説明をされても、難しいことばっかであんまり理解できない」
「理解しなさい。わからないところは逐次聞きなさい」
「ボクオーンが作るご飯が美味しい。お茶がうまい。お菓子が最高に好き。戦闘中に全体を見て、弱い俺やロックブーケを気にかけてくれるの、本当に感謝してる。言い方はアレなことが多いけど、ちゃんとできると褒めてくれる。それから、意外とみんなのことを見てて、落ち込んでるとフォローしてくれたりするし。口は悪いけど、根は優しいよな、お前って。あとはなんといっても作戦だよな。他のやつが立てた作戦って、限界を超えたその先の力を振り絞れ的なこともあるけど、お前のは現実的でみんなの体の具合もちゃんと考えてくれて、作戦通りに動けば大丈夫だっていう安心感がある! あと、ぶっ……」
チョコレートの箱を口に押し付けられて、言葉を止めた。
「何をするんだ」と抗議しようとして、箱越しに見たボクオーンの顔は真っ赤に染まっていた。忙しなく瞳を揺らし、緩みそうになる口元を必死で引き結び、難しい顔をして。
頭の中のロックブーケ先生が『今だ、押せ』と騒ぎ立てている。
ボクオーンが動揺を見せたその時は、攻め時なのだと――
だけどそんなことを考えている余裕なんて、クジンシーにはなかった。
あのボクオーンのうろたえぶりに、思考が固まる。
「あ、あなたが、そのように評価してくださっているとは思いませんでした。……ありがとうございます」
しおらしくお礼を告げる声が震えていた。
可愛い。
胸が愛おしさでいっぱいになって、抱きしめたくなった。キスがしたくなった。とにかく触れたかった。
ボクオーンが制止している手を退け、クジンシーが距離を詰める。ボクオーンが後ずさろうとしたが、背後には椅子があり後頭部がぶつかる。
唇がぶつかり、同時に椅子が音を立てた。
勢いがありすぎたのか、歯が当たり、ボクオーンがうめく。慌ててクジンシーは少しだけ距離を空けた。
至近距離で見つめたボクオーンは顰めっ面で、箱を持ったままの手の甲で唇を拭っている。こいつ、また拭きやがったと不満が湧く。
「……唇が切れた。下手くそ」
可愛いなんて前言撤回だ。やっぱりボクオーンはボクオーンだった。辛辣で容赦がなくて、一番痛いところをえぐってきて――
それなのに、握った手からは彼が震えているのが伝わってくるし、顔は赤いままで瞳を潤ませて。
本当に、何を考えているのかが全くわからない。
「じゃあ、ボクオーンが教えてよ」
クジンシーは告げて、顔を近づけた。
ボクオーンは目を見開くだけで、止めてはこなかったから、今度は優しく唇を重ねた。
ガチャ。
扉が開く音が静寂を切り裂く。
同時にクジンシーは鳩尾をえぐる一撃を受け、息が止まった。同時に吹っ飛ばされる。
「グハッ」
変な声が漏れた。
「クジンシーか。ハンカチを落としたのだが、この部屋で見かけてないか?」
ノエルだった。
用件はわかったが状況を見てほしい。床に倒れたクジンシーは身を丸くして、むせこんでいるのだ。返事ができるはずもなかった。
「ハンカチならここに落ちていましたよ。これでしょうか?」
立ち上がったボクオーンがハンカチを手にして、ノエルに近づいていく。
「ああ、それで間違いがない。……む。顔が赤いな。どうした? 熱があるなら休んだほうがいい」
「そうですね。そうさせてもらいましょう。……クジンシー、ここの片付けをしておきなさい」
命令だけを残して、ボクオーンはノエルと一緒に部屋を出て行ってしまった。
クジンシーは返事もできずに、床をゴロゴロと転がりながら咳き込んでいた。ボクオーンを気遣う前にまずはこっちだろうと叫びたかったが、声は出なかった。
しばらくして呼吸が落ち着くと、クジンシーは天井を仰いだ。
「絶対脈なんてないぞ、あれ」
心を奪われただけでなく、命まで取られるところであった。
あー、ちくしょーとうめきながら体を起こす。床には何も落ちていなかった。白いハンカチも、クジンシーのチョコレートも。
キスを許しただけでなく、バレンタインチョコレートの意味を理解した上で受け取ってくれている。
彼は一体どういうつもりなのだろうか。
首を傾げること、十秒。
「まあ、俺がボクオーンの考えていることなんてわかる訳ないか」
はぁ、と大きくため息をついて、クジンシーはお茶会の後片付けを再開させるのだった。
「最近、クジンシーの様子がおかしい」
ワグナスが言った。
古文書の解読作業をしていたボクオーンは、「気づきませんでした」とだけ告げて流した。
テーブルの上にはこの世界の様々な言語の書籍や辞書、解読途中のメモが散らばっている。
「妙にソワソワしているように見えるな」
と、ノエルが低い声で返す。
ボクオーンは手にしていたペンの尻でこめかみの辺りを掻いた。異世界への転移方法を探るため、古文書を読み解こうとしているのだが、この言語はなかなかに難解だ。ワグナスとノエルの三人がかりでも進捗は芳しくなかった。
「ボクオーン、最近君たちが一緒に行動している姿をよく見るが、何か知らないか」
「知りません」
あのバレンタインデー以降、クジンシーに付き纏われることが多くなった。ロックブーケの影がちらつくので、彼女が何かを命じているような気配はある。
ただし、迫られているわけではなく、荷物持ちをしたり、食事の後片付けを手伝ってくれたりしているだけだ。純粋に助かるし、邪険にするようなことでもないので、好きにさせていた。
「悩みがあるのでは、なかろうか」
「それはいけないな。話を聞いてやるべきじゃないか」
「私でも相談に乗れる内容だろうか」
ワグナスとノエルが深刻な顔をして、腕を組む。
「そういえば、少し前からボクオーンを見ていることが多いように思っていた。君に心当たりは?」
ワグナスがボクオーンに尋ねてくる。
クジンシーは意識しているのかしていないのかわからないが、その視線はずっとボクオーンを追っている。見られている自分はもちろん、おそらく周りもその視線に含まれる感情には気づいていると思っていたが、そうでもなかったようだ。
「さあ」
すっとぼけてみると、「そうか」と深刻な顔をしてワグナスが目を伏せる。
「そういえば、最近ロックブーケとも親しくしているぞ」
「ならば、彼女に聞き出してもらうのがいいのではないか?」
それは名案だと喜んでいる二人にため息をつき、ボクオーンは立ち上がった。
解読が難しすぎて、皆の集中力が切れているようだ。
「少し気晴らしをしてきます。お二人も休憩をしてはいかがですか?」
「ああ。そうだな。……少し体を動かしてこよう」
そして解読作業は一時中断した。
ボクオーンは厨房を訪れた。
思考が固まった時の気晴らしとして好んでいるものの一つが、料理である。
材料を確認して、茶請けにできるマドレーヌでも作ろうかと考えた。
不意に、「お菓子が最高に好き」と言っていた、クジンシーのはにかむような笑顔が脳裏に浮かんだ。
感謝されることは嫌いではない。
それだけだ。
材料の分量を測り、作り始める。
クジンシーからの好意については、気持ちを受け取れないと断った認識だ。ただ、彼は経験不足から恋愛感情というものの処理が苦手なようで、未だその熱は燻っているようだ。
しかし受け入れる気がない以上はボクオーンには何もできないし、当事者なので相談相手にもなれない。結果、見守ることに徹していた。
ボクオーンとていい年なので、過去に恋愛経験くらいはある。
だから大人の余裕でかわしたいところだが、相手があまりに未熟で純真すぎて――。忘れかけていた遠い青春時代の甘酸っぱい舞台へ、無理矢理引き摺り下ろされそうになる。
バターの香りに混じり、レモンの爽やかな香りが部屋に漂う。
ボクオーンは焼き上がったマドレーヌを網の上に並べた。
クジンシーにも持って行ってやるかと考え、ボクオーンは舌打ちをした。そういえば製作中も、クジンシーのことばかりを考えていたような気もする。それもこれも、ワグナスとノエルのせいだ。
心を無にして片付けていると、「腹減ったー」と言いながらダンターグとスービエが入ってきた。彼らは古文書の解読を嫌がり、外で遺跡の調査をしていたはずだ。
「お、マドレーヌか。食っていい?」
「構いませんが、ちゃんと手を洗ってからにしてくださいよ」
ボクオーンの言葉など聞いていないスービエが、瞳を輝かせながら手を伸ばすのを、ダンターグが止めた。
「これはクジンシーのために作ったもんだろ」
――なぜ?
ボクオーンの頭の中が疑問符でいっぱいになる。
スービエは即座に「確かに」と納得して、手を引っ込めて食器棚へと歩き出した。
「これは皆で食べるために作ったものです。皆の中にはクジンシーも含まれますが……なぜ?」
スービエとダンターグは顔を見合わせ、肩をすくませた。
「じゃあ、俺とダンターグの分はクジンシーに譲ってやるよ。三つもらってくな」
「はぁ……それは構いませんが」
スービエは宣言通り三つのマドレーヌを皿に乗せると、足早に厨房を出ていった。
ボクオーンは首をかしげた。意味がわからないので、横に立っているダンターグに問うた。
「なぜ、クジンシーに?」
「なんでって、今日何日だよ」
最近古文書解読で部屋に篭りきりだったので、日付の感覚が薄れていた。顎に手を当て、頭の中で暦を思い描き――息を呑んだ。
「ちょ、スービエ、お待ちなさい」
「お返しくらいくれてやれよ。クジンシーも可哀想だな」
「気持ちは何も返さないと決めているのです。あ、こら、離しなさい!」
ダンターグに羽交い締めにされ、身動きが取れなくなる。
ボクオーンはスービエの名を叫んだが、彼が戻ってくることはなかった。
今日は、三月十四日。
ホワイトデーであった。
ハプニングキスの話の続きです。クジンシー視点。
ハプニングキス
最後にボクオーン視点のおまけもついています。
バレンタイン
北風が吹き抜けて、クジンシーはくしゃみをした。ブルリと身震いをし、落ちそうになる荷物を抱え直す。
街は、どこか浮かれた空気に包まれていた。
商店街の軒先には赤やピンクの旗が掲げられ、謎の文字が並んでいる。この世界の文字が読めないので、なんと書いてあるのかまではわからないが、同じ言葉のようだ。
「おっそいなー」
クジンシーの腕にはいくつもの紙袋がぶら下がり、抱えた荷物もミルクや油など重量のあるものばかりだ。こんなに買う羽目になるなら、ダンターグにも来て貰えばよかった、と後悔しながらため息をつく。
カランカラン、と軽快なドアベルの音が響き、水色の髪の美少女が店から出てくる。ロックブーケだ。可憐な頬をほんのりと染め、赤い包装紙の箱を大切そうに胸に抱えていた。
「何を買ってきたんだよ?」
この寒空の下、長い時間待たされた不満が面に出る。
しかしロックブーケは浮かれた顔で、スキップするような軽い足取りで歩き出した。仕方なしにクジンシーはそれを追いかける。
「チョコレートですわ」
「お茶請けに?」
「違いますわよ、バレンタインチョコレートですわ」
「何それ」
得意げにロックブーケはバレンタインデーというものについて語り出した。長々と説明をしているが、まとめると『好きな人にチョコレートを贈る日』のようだ。
しかも、今日がその日らしい。
自分には関係のない話なので、適当に聞き流しながら「重いなー。ロックブーケも持ってくれないかなー」なんて思っていると、腕を引っ張られた。
体勢を崩し、ついでに荷物も落としそうになって慌てる。
「ちょっとっ」
「ねぇ、ボクオーンと何かありました?」
ロックブーケの長話を聞いているうちに、いつの間にか街を出ていたので、周りには誰もいない。それなのに彼女は顔をクジンシーの耳元に近づけてきた。
耳をくすぐる息がくすぐったいが、こんな美少女が密着しているのにときめくこともない。
腕を掴まれて逃げられないため、観念してボクオーンとの間にあったあれこれを説明した。
彼女は金色の瞳をキラキラと輝かせながら、「うん、うん」と相槌を打っていた。そして話を聞き終えた彼女は、
「じゃあ、チョコを買いに戻りましょう。ボクオーンに渡さなきゃ」
なんて言ってくるので、クジンシーは慌てた。
「いやいやいや。話聞いてたのかよっ。俺、振られたって言ってるじゃん」
「一度振られたくらいで諦めるなんて、情けないっ。私を見習いなさい」
「ロックブーケはワグナスに相手にされてないじゃん」
殴られた。グーで。
倒れるのは堪えた。大量の荷物を持っているんだから、勘弁してほしい。
恨みがましげな視線を向けるが、彼女は悪びれる様子もなく胸を張っていた。魅惑的な微笑みを浮かべて。
「いいこと教えてあげましょうか。実はね――」
結局強引なロックブーケに逆らうことができず、クジンシーは重い荷物を抱えて、もう一度街に戻ることになったのだった。
七英雄が拠点にしている屋敷に帰ると、労いを兼ねてのお茶会となった。
「じゃあ、片付けはクジンシー、よろしくお願いしますね」
お茶を飲み終えたあと、ロックブーケはわざとらしくボクオーン以外の皆を連れて、部屋から出て行ってしまった。
ボクオーンはトレイの上にティーカップを乗せながら、苦笑を浮かべた。
「買い出しで働いていたのもあなたなのに、随分と尻に敷かれていますね。ここは私がやりますから、部屋で休んでは?」
「いや、大丈夫」
クジンシーはテーブルに並んでいる食器をボクオーンの近くに寄せながら、そっと彼の顔を伺った。長いまつ毛が影を落とすきつめの目元。形のいい鼻。紅の引かれた小ぶりな唇。――あの唇の柔らかさを、クジンシーは知っている。
『半年くらい前から、ボクオーンって妙にあなたに優しくない?』
ロックブーケがクジンシーに告げた言葉が蘇った。だから二人の間に何かがあったのかと疑ったのだと。
半年前といえば、クジンシーが振られた時期だ。
そして言われてみれば、今も確かに気遣われているような気がする。
クジンシーは懐に忍ばせているチョコレートの箱を、服の上から撫でた。絶対に渡せと、ロックブーケから圧をかけられている。あのボクオーンだから、今日のこの日にチョコレートを渡される意味は知っているだろう。
つまりもう一度告白をすることであり――緊張のあまり、背中は汗で濡れていた。
ふいに、鋭い金色の瞳がこちらを向いた。
どきんと鼓動が大きく跳ねる。
真正面からボクオーンの視線を受け止めてしまって、逸らすことができなかった。
探るような色を含んだ瞳は、クジンシーの全てを見透かしそうだ。半年前に振られたくせに、女々しく心に残っている思慕なんて、みっともなくて悟らせたくない。
怯んで、逃げたくなる。
しかしロックブーケの言葉が頭をよぎり、踏みとどまった。
『ちなみにあなたは、ボクオーンのことを見過ぎですわ。鈍いお兄様以外、みんな気づいていますわよ』
個人的にはワグナスも怪しいとは思う。いや、彼女の言葉の本質はそこではなく、クジンシーの態度がバレバレだというところである。
そもそもの話、告白をしているのだから、気持ちバレなんて今更だ。
逸らしたら負けだと言い聞かせ、クジンシーはじっとボクオーンを見つめ返した。少しだけ怖くて、紫色の瞳が潤んだ。
ボクオーンがかすかに眉間に皺を寄せ、そっと視線を逸らす。
――勝った。と咄嗟に思ったが、睨めっこがしたかったわけではない。
クジンシーも明後日の方向を見やった。
窓から見える景色は灰色で、この恋心の行く末を象徴しているようだった。
気まずい空気がまるで質量を持ったかのように、体を重くする。
クジンシーはぎこちない動きで片付けを続けた。
食器が鳴る音と、クジンシーの異常に逸る鼓動だけが部屋に響く。
ふと、床に落ちる白いハンカチを見つけた。誰かの落とし物だろうか。
屈んで手を伸ばした時、ハンカチに影が落ちる。
怪訝に思い視線を上げると、間近に伏し目がちな瞳があった。ただでさえ早く脈打っていた鼓動が、さらに大きく跳ねた。
指先に自分ではない熱が触れる。ボクオーンの指だ。その指先は大きく震えて、勢いよく離れていく。
距離を置こうとするボクオーンの手首を、咄嗟に掴んだ。
全身が熱い。頭が白くなる。息が苦しくなる。もうわけがわからない。
ボクオーンを掴む手のひらは汗ばんでいた。
「さっきから何なのですか」
苛立った声が耳から入ってきて、クジンシーは我に返った。
ボクオーンの表情は無だった。
赤面して大変な状態になっているクジンシーに対して、彼は顔色も変えず、むしろ苛立つように目元に険を含ませている。
「いや、その、好きだなぁと思って」
うっかり馬鹿正直に答えると、ボクオーンの喉が鳴った。
あ、やべっ、と思い、その場にしゃがみ込んで頭を抱える。ボクオーンの手を掴んだままだったので、引っ張られた彼もその場に膝をつくことになった。
「そうじゃなくて、チョコを、もらってほしいと」
しどろもどろと言い換えて、懐から出した箱を繋がっていない方のボクオーンの手に押しつけた。
ボクオーンは手の中のそれをじっと見つめ、ため息をついた。
クジンシーは身を強張らせた。この呆れたようなため息は、苦手だ。
「半年前に、言いましたよね。あなたの気持ちには応えられないと」
「わかってるけど、だからってすぐに消えて無くなるもんじゃないだろ」
唇を尖らせて不貞腐れるように告げると、ボクオーンの口からため息が溢れた。
だからそのため息をやめてくれと心底思う。どうせキスをしたせいだとか、戦闘中の高揚感に当てられたからだとか言い出すのだろう。
「この半年、ちゃんとボクオーンのことを見て、やっぱ好きだなぁって思ったんだよ」
それを伝える気はなかったけれど。
チョコレートを渡さなかったことを、ロックブーケに知られると恐ろしいので、こんなことになっているだけだ。
「では、具体的にどこが好きだというのですか」
「顔」
馬鹿正直に答えると、ボクオーンは眉を顰めた。
「最低ですね。……それにしても、あなたの好みはロックブーケのような、可愛らしい女性なのではありませんか?」
「ロックブーケは確かに美少女だけど、その中にも、ほら、女王様気質っていうか。人を見下すような、傅かれて当然って感じの高慢さがあるのが、ゾクゾクするんだよ。それだから、たまに笑った顔が可愛くて、キュンってするっていうか、そんな感じ。で、それはお前も一緒だと思う!」
残念な物を見るような呆れた視線を向けられて、クジンシーは誤魔化すようにへらりと口元を緩めた。
「あと、ボクオーンの好きなところっていうと、やっぱり頭がいいところかな。俺とは根本的に出来が違うよな。作戦の説明をされても、難しいことばっかであんまり理解できない」
「理解しなさい。わからないところは逐次聞きなさい」
「ボクオーンが作るご飯が美味しい。お茶がうまい。お菓子が最高に好き。戦闘中に全体を見て、弱い俺やロックブーケを気にかけてくれるの、本当に感謝してる。言い方はアレなことが多いけど、ちゃんとできると褒めてくれる。それから、意外とみんなのことを見てて、落ち込んでるとフォローしてくれたりするし。口は悪いけど、根は優しいよな、お前って。あとはなんといっても作戦だよな。他のやつが立てた作戦って、限界を超えたその先の力を振り絞れ的なこともあるけど、お前のは現実的でみんなの体の具合もちゃんと考えてくれて、作戦通りに動けば大丈夫だっていう安心感がある! あと、ぶっ……」
チョコレートの箱を口に押し付けられて、言葉を止めた。
「何をするんだ」と抗議しようとして、箱越しに見たボクオーンの顔は真っ赤に染まっていた。忙しなく瞳を揺らし、緩みそうになる口元を必死で引き結び、難しい顔をして。
頭の中のロックブーケ先生が『今だ、押せ』と騒ぎ立てている。
ボクオーンが動揺を見せたその時は、攻め時なのだと――
だけどそんなことを考えている余裕なんて、クジンシーにはなかった。
あのボクオーンのうろたえぶりに、思考が固まる。
「あ、あなたが、そのように評価してくださっているとは思いませんでした。……ありがとうございます」
しおらしくお礼を告げる声が震えていた。
可愛い。
胸が愛おしさでいっぱいになって、抱きしめたくなった。キスがしたくなった。とにかく触れたかった。
ボクオーンが制止している手を退け、クジンシーが距離を詰める。ボクオーンが後ずさろうとしたが、背後には椅子があり後頭部がぶつかる。
唇がぶつかり、同時に椅子が音を立てた。
勢いがありすぎたのか、歯が当たり、ボクオーンがうめく。慌ててクジンシーは少しだけ距離を空けた。
至近距離で見つめたボクオーンは顰めっ面で、箱を持ったままの手の甲で唇を拭っている。こいつ、また拭きやがったと不満が湧く。
「……唇が切れた。下手くそ」
可愛いなんて前言撤回だ。やっぱりボクオーンはボクオーンだった。辛辣で容赦がなくて、一番痛いところをえぐってきて――
それなのに、握った手からは彼が震えているのが伝わってくるし、顔は赤いままで瞳を潤ませて。
本当に、何を考えているのかが全くわからない。
「じゃあ、ボクオーンが教えてよ」
クジンシーは告げて、顔を近づけた。
ボクオーンは目を見開くだけで、止めてはこなかったから、今度は優しく唇を重ねた。
ガチャ。
扉が開く音が静寂を切り裂く。
同時にクジンシーは鳩尾をえぐる一撃を受け、息が止まった。同時に吹っ飛ばされる。
「グハッ」
変な声が漏れた。
「クジンシーか。ハンカチを落としたのだが、この部屋で見かけてないか?」
ノエルだった。
用件はわかったが状況を見てほしい。床に倒れたクジンシーは身を丸くして、むせこんでいるのだ。返事ができるはずもなかった。
「ハンカチならここに落ちていましたよ。これでしょうか?」
立ち上がったボクオーンがハンカチを手にして、ノエルに近づいていく。
「ああ、それで間違いがない。……む。顔が赤いな。どうした? 熱があるなら休んだほうがいい」
「そうですね。そうさせてもらいましょう。……クジンシー、ここの片付けをしておきなさい」
命令だけを残して、ボクオーンはノエルと一緒に部屋を出て行ってしまった。
クジンシーは返事もできずに、床をゴロゴロと転がりながら咳き込んでいた。ボクオーンを気遣う前にまずはこっちだろうと叫びたかったが、声は出なかった。
しばらくして呼吸が落ち着くと、クジンシーは天井を仰いだ。
「絶対脈なんてないぞ、あれ」
心を奪われただけでなく、命まで取られるところであった。
あー、ちくしょーとうめきながら体を起こす。床には何も落ちていなかった。白いハンカチも、クジンシーのチョコレートも。
キスを許しただけでなく、バレンタインチョコレートの意味を理解した上で受け取ってくれている。
彼は一体どういうつもりなのだろうか。
首を傾げること、十秒。
「まあ、俺がボクオーンの考えていることなんてわかる訳ないか」
はぁ、と大きくため息をついて、クジンシーはお茶会の後片付けを再開させるのだった。
ボクオーン視点のおまけ
「最近、クジンシーの様子がおかしい」
ワグナスが言った。
古文書の解読作業をしていたボクオーンは、「気づきませんでした」とだけ告げて流した。
テーブルの上にはこの世界の様々な言語の書籍や辞書、解読途中のメモが散らばっている。
「妙にソワソワしているように見えるな」
と、ノエルが低い声で返す。
ボクオーンは手にしていたペンの尻でこめかみの辺りを掻いた。異世界への転移方法を探るため、古文書を読み解こうとしているのだが、この言語はなかなかに難解だ。ワグナスとノエルの三人がかりでも進捗は芳しくなかった。
「ボクオーン、最近君たちが一緒に行動している姿をよく見るが、何か知らないか」
「知りません」
あのバレンタインデー以降、クジンシーに付き纏われることが多くなった。ロックブーケの影がちらつくので、彼女が何かを命じているような気配はある。
ただし、迫られているわけではなく、荷物持ちをしたり、食事の後片付けを手伝ってくれたりしているだけだ。純粋に助かるし、邪険にするようなことでもないので、好きにさせていた。
「悩みがあるのでは、なかろうか」
「それはいけないな。話を聞いてやるべきじゃないか」
「私でも相談に乗れる内容だろうか」
ワグナスとノエルが深刻な顔をして、腕を組む。
「そういえば、少し前からボクオーンを見ていることが多いように思っていた。君に心当たりは?」
ワグナスがボクオーンに尋ねてくる。
クジンシーは意識しているのかしていないのかわからないが、その視線はずっとボクオーンを追っている。見られている自分はもちろん、おそらく周りもその視線に含まれる感情には気づいていると思っていたが、そうでもなかったようだ。
「さあ」
すっとぼけてみると、「そうか」と深刻な顔をしてワグナスが目を伏せる。
「そういえば、最近ロックブーケとも親しくしているぞ」
「ならば、彼女に聞き出してもらうのがいいのではないか?」
それは名案だと喜んでいる二人にため息をつき、ボクオーンは立ち上がった。
解読が難しすぎて、皆の集中力が切れているようだ。
「少し気晴らしをしてきます。お二人も休憩をしてはいかがですか?」
「ああ。そうだな。……少し体を動かしてこよう」
そして解読作業は一時中断した。
ボクオーンは厨房を訪れた。
思考が固まった時の気晴らしとして好んでいるものの一つが、料理である。
材料を確認して、茶請けにできるマドレーヌでも作ろうかと考えた。
不意に、「お菓子が最高に好き」と言っていた、クジンシーのはにかむような笑顔が脳裏に浮かんだ。
感謝されることは嫌いではない。
それだけだ。
材料の分量を測り、作り始める。
クジンシーからの好意については、気持ちを受け取れないと断った認識だ。ただ、彼は経験不足から恋愛感情というものの処理が苦手なようで、未だその熱は燻っているようだ。
しかし受け入れる気がない以上はボクオーンには何もできないし、当事者なので相談相手にもなれない。結果、見守ることに徹していた。
ボクオーンとていい年なので、過去に恋愛経験くらいはある。
だから大人の余裕でかわしたいところだが、相手があまりに未熟で純真すぎて――。忘れかけていた遠い青春時代の甘酸っぱい舞台へ、無理矢理引き摺り下ろされそうになる。
バターの香りに混じり、レモンの爽やかな香りが部屋に漂う。
ボクオーンは焼き上がったマドレーヌを網の上に並べた。
クジンシーにも持って行ってやるかと考え、ボクオーンは舌打ちをした。そういえば製作中も、クジンシーのことばかりを考えていたような気もする。それもこれも、ワグナスとノエルのせいだ。
心を無にして片付けていると、「腹減ったー」と言いながらダンターグとスービエが入ってきた。彼らは古文書の解読を嫌がり、外で遺跡の調査をしていたはずだ。
「お、マドレーヌか。食っていい?」
「構いませんが、ちゃんと手を洗ってからにしてくださいよ」
ボクオーンの言葉など聞いていないスービエが、瞳を輝かせながら手を伸ばすのを、ダンターグが止めた。
「これはクジンシーのために作ったもんだろ」
――なぜ?
ボクオーンの頭の中が疑問符でいっぱいになる。
スービエは即座に「確かに」と納得して、手を引っ込めて食器棚へと歩き出した。
「これは皆で食べるために作ったものです。皆の中にはクジンシーも含まれますが……なぜ?」
スービエとダンターグは顔を見合わせ、肩をすくませた。
「じゃあ、俺とダンターグの分はクジンシーに譲ってやるよ。三つもらってくな」
「はぁ……それは構いませんが」
スービエは宣言通り三つのマドレーヌを皿に乗せると、足早に厨房を出ていった。
ボクオーンは首をかしげた。意味がわからないので、横に立っているダンターグに問うた。
「なぜ、クジンシーに?」
「なんでって、今日何日だよ」
最近古文書解読で部屋に篭りきりだったので、日付の感覚が薄れていた。顎に手を当て、頭の中で暦を思い描き――息を呑んだ。
「ちょ、スービエ、お待ちなさい」
「お返しくらいくれてやれよ。クジンシーも可哀想だな」
「気持ちは何も返さないと決めているのです。あ、こら、離しなさい!」
ダンターグに羽交い締めにされ、身動きが取れなくなる。
ボクオーンはスービエの名を叫んだが、彼が戻ってくることはなかった。
今日は、三月十四日。
ホワイトデーであった。
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