クジンシー×ボクオーン

夏イベントを満喫しよう企画その1。
転生現パロで、クジンシーが不思議な能力をもっている感じの話です。
ボクオーンとは両片思いの関係。
こちらはボクオーン視点です。クジンシー視点バージョンとは同じ内容です。

お盆(ボクオーン視点バージョン)


 水が床を叩く音が耳に響く。
 ボクオーンはシャワーを浴びていた。クジンシーの自宅で。
 ――なんでこうなった。全部あのバカのせいだ。
 胸の中で呪詛を並べて立てながらも、その胸はざわめきっぱなしで落ち着かない。
 湯気に包まれた空間で、見慣れぬ鏡に映る全裸の自分が目に入り、思わず喉を鳴らした。
 なんだか妙に色っぽい気がして、変な気持ちになってきた。
 冷静さを取り戻そうと、深呼吸をした。友人の家に遊びにきているだけだ、それ以上のことはないと自身に言い聞かせる。
 ハンドルを回すと勢いよく降っていたお湯が止まった。シャワーヘッドから、ぽたりぽたりと水が音を立てて落ちていく。その音と一緒に己の心臓の音も反響する。
 脱衣所で髪を拭っていると、廊下へと続く扉がおもむろに開く。
 現れたクジンシーが目を見開き、動きを止めた。
 ボクオーンは悲鳴をあげそうになる唇を必死で噛んだ。手で体を隠そうとする動きを止めた。同性の友人に対してその反応はおかしい。
「……」
「……」 
 しばしの間のあと、クジンシーは瞬間湯沸かし器のように一瞬で顔を真っ赤に染めて、頭から湯気を出した――ように見えた。
「ご、ご、ご、ご、ごめんっ! 服は廊下に置いとくっ」
 扉が閉じ、クジンシーが廊下を走って行く音が響いた。
 呆然としたままそれを見送り、ボクオーンは視線を下に移した。そして、同性であっても股間くらいは隠すべきだったのでは、と、今更ながら思ったのだった。


◆◇◆◇◆

  
 事の発端は塾の夏期講習で会ったことだ。
 元気がなさそうだったので声をかけた。
 直接の理由は教えてもらえなかったが、その会話の中で家族が田舎に帰省をしたため、家に一人きりだと聞いた。食事はファストフードやコンビニ弁当ばかりだそうから、食事を作ってきてやった。
 押しかけ女房なんて言葉が頭をよぎるが、前世も含めると数千年の付き合いだから、気になるだけだ。

 クジンシーの家を訪れたボクオーンは、居間に通されてソファに座った。お盆だからか、冷房の冷たい風に乗って線香の香りがほのかに漂っている。 
「うわっ。弁当、すげーうまそう! お前が作ってくれたのっ?」
 ボクオーンが渡した三段の重箱を開き、クジンシーが歓声を上げる。興奮に頬を紅潮させた純粋な反応に、思わずどきまきしてしまう。
「うちには親戚が集まるので手伝わされました。どうせ残るので気にしないでもらってください」
 唐揚げをつまみ食いするクジンシーに、冷蔵庫にしまうように指示を出した。はいはいと軽く返事をして、クジンシーが台所へと入っていく。
 ボクオーンはそっと息を吐いた。相手はクジンシーだぞ、ときめいてどうすると自身を叱咤する。
 内心で反省会をしているうちに、クジンシーが戻ってきた。
「オレンジジュースとコーラ、どっちが……ひぎゃあっ」
 悲鳴とともにすっ転んだクジンシーの手から放り出されたコップが、放物線を描いてボクオーンの頭上に落ちてきた。コップは受け止めたが、液体はどうにもならなかった。
 ひぃぃぃぃとクジンシーが恐怖に青ざめる。
 ボクオーンは前髪から水滴を滴らせながら、こめかみに青筋を立てて、クジンシーのことを睨みつけた。
 
 ――そして、他人の家でシャワーを浴びる羽目になったのだ。
 
 クジンシーの服を着たボクオーンは居間へ戻った。
「お風呂ありがとうございます。洗濯もすみません。ですが、全部あなたのせいですからね」
「悪かっ……」
 ソファの染み抜きをしていたクジンシーが、不自然なところで言葉を止める。
 ボクオーンのことを見つめるその顔が、みるみる赤く染まれ、挙動不審な動きをする。
「どうしました?」
「え、いや。髪が濡れて、両目が見えてるのがいつもと印象が違ってて……それに、俺の服が、その……」
 しどろもどろと言葉を紡いでいくクジンシー。要領を得ない言葉に苛立ちながら睨みつけてやる。クジンシーは背筋を伸ばして、ヤケクソ気味に大声を出した。
「サイズが大きい俺の服を着ているのが、可愛いなと思いましたっ」
「サイズはたいして変わらないじゃないですか」
「全然違うっ。鎖骨が見えてるし、肩だって緩い。裾の長さも絶対に長い。最高に萌えるっ!」
 その力説が馬鹿にされたように感じた。確かにボクオーンは小柄である。だが、クジンシーとて平均身長より少し高い程度なので、他の転生した七英雄達と比較すると、小さい仲間ではないか。
 ムッとしたまま、異議を申し立てようとクジンシーに近づく。
 その最中、ひんやりとした感触が足首に触れ、引っ張られて体勢を崩した。
 ――引っ張られる?
 この部屋にはクジンシーとボクオーンしかいないのに、何に?
 次の瞬間、倒れ込むボクオーンを守るように、クジンシーが抱きしめた。
 二人揃って転がって、体に衝撃が走る。
「ボクオーン、大丈夫か」
 クジンシーは痛みに顔を歪めていた。それでも、先にボクオーンのことを気にかけて声を掛けてくる。
 それだけのことが、なぜか胸にじんわりと沁みてくる。
 うるさいし、弱いくせに偉そうだし、しつこいし。欠点ばかりが思い浮かぶが、結構優しいところがあって、まっすぐで一生懸命で――。そんなところに気付いた時からずっと、好ましいと思っていたのだ。
 頷くと、見上げてくる紫色の瞳に安堵が浮かんだ。
 なんとなく、じっと見つめる。
 相手からも視線を返された。
 互いの早まった鼓動が合わせられた胸から伝わってくる。
 至近距離で見つめ合い、この先はどうすべきかと悩んでいると、ヒュンッと耳元を掠める風の音が聞こえた。
「あっ、やめろっ」
 と、叫んだクジンシーの視線はボクオーンの向こう側にあった。
 疑問を抱くより先に、ボクオーンの後頭部に何かが当たった。
 その衝撃で唇同士が重なる――。
 一瞬遅れて、かさりと音を立ててクッションが床に落ちた。
「うわ、ごめんっ。本当にごめんっ」
 顔を真っ赤にしたクジンシーに肩を押されて距離を開ける。
 ボクオーンは呆然としていた。
「ああ、どうしようっ。キスしちゃった」
 クジンシーは狼狽のあまり、頭を振りながら大声を出している。
 ボクオーンはその場に正座をして、部屋の中を見渡した。線香の香りが濃くなり、エアコンの風が当たらない位置のカーテンが揺れている。
「事故なんだっ。でも、本当はこんな形じゃなくて、ちゃんと好きだって伝えてから……」
 クジンシーが早口で何かを捲し立てているのを手で制し、ボクオーンは鋭い視線をクジンシーに向けた。
「そんなことより、この部屋には一体何がいるんですか?」
 クジンシーは険しい顔をして言葉を止めた。
「そんなことって……酷くね?」
 クジンシーはショックを受けたように顔を歪めて、ため息をつきながら肩を落とした。

 クジンシーは膝を抱えて座りながら、ボソボソと説明をしてくれた。ボクオーンはその隣に同じように座って、黙って話を聞く。
「霊媒体質……とは、また、難儀な体質ですね」
 話を聞き終えたボクオーンは一言、そう呟いた。
 クジンシーは前世で死霊系の魔物を大量に吸収した影響で、今生でも霊の気配に敏感な体質らしい。特にこのお盆の時期は黄泉への道が開かれるからか、クジンシーの力も増すのだとか。
「私も確かに森や草原では落ち着きますが、植物の声は聞こえたりはしませんね」
 クジンシー以外では聞いたことがない。海好きのスービエであっても海の声が聞こえたりはしないだろう。ただ、クジンシーが偽りを語る理由はないと思った。
「しかし、何故私とクジンシーにキスをさせようとしたのでしょうか」
「あいつらは自分の言葉が通じる俺のことを友達だと思ってるんだよ」
「友達ができて良かったですね」
「あ、その含みがある言い方ムカつくなぁ。今生では七英雄のみんなだって友達だろっ。……え、そうだよなっ?」
 言おうとした言葉を飲み込み、ボクオーンは膝に顔をおしつけた。
 沈黙が落ちる。
 こっそりと見れば、クジンシーは本気で落ち込んだような顔をしていた。
 友達という関係性に括られたことに、少し腹が立った。確かに仲間は特別な存在だ。だけど、自分の中では――
 だから彼を試すつもりで、ボクオーンは小さい声で問いかけてみた。
「……友達で、良いんですか?」
 ひゅっと息を呑む音が、クジンシーの口から漏れた。
 目が合う。
 部屋の中には時計の秒針が鳴る音と、ボクオーンの鼓動が響いていた。
 クジンシーは目と口を大きく開いて固まっている。
 それはどういう感情だと内心で文句を言いながら、ため息をつく。
 しばし待っても反応がないので、ボクオーンは顔を伏せた。
 もっと突っ込んで聞いてやろう。
「そういえば、何故あなたの友達は私たちをキスさせようと画策したのですか?」
「……」
 しばらく待ったが、クジンシーは答えない。
 ――本当に、こいつは煮え切らないやつだよなっ。
 ボクオーンが苛立ちを覚えながら体を起こすと、クジンシーはふいっと視線を逸らした。
「自称友達は、仲良くしろっておせっかいを焼いてるんだよ、多分」
 その言葉にふわりと線香の香りが強まった気がした。
 なぜと問おうとした時、視界の片隅に飛んでくるテレビのリモコンが映った。
 避けようとしたが、それより先に腕を引かれて抱きしめられる。
 今日は霊達の仕業もあってか、いちいち距離が近い。だけどこの腕の温もりが心地よくて、ついつい身を委ねる。
 ごくりとクジンシーの喉が鳴った。
「あ、あの、ボクオーン。俺っ」
 何かを言いかけたその唇に指を当てる。クジンシーの肩がぴくりと跳ね、彼は赤くなりながら言葉を止めた。
「周りであなたの友達が聞き耳を立てているのでしょう? その続きは、今度二人きりの時に聞かせてください」
 にこりと笑うと、苦虫を噛み砕いたような顔をしてクジンシーはため息をついた。
 だって勿体ないじゃないか。前世から欲しかった言葉をようやくもらえるならば、自分だけで独り占めしたいのだ。
 部屋が揺れる。
 カタカタと鳴る音は、誰かが笑っているようにも聞こえた。
 すぐに止まった小さな揺れは、自然現象だったのか、クジンシーのお友達のせいだったのか。
 二人は顔を見合わせて、声をあげて笑った。
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