クジンシー×ボクオーン

夏イベントを満喫しよう企画その1。
転生現パロで、クジンシーが不思議な能力をもっている感じの話です。
ボクオーンとは両片思いの関係。
こちらはクジンシー視点です。

お盆(クジンシー視点バージョン)


 お盆の時期は憂鬱だ。
 死者があの世から帰ってくると、周りは騒がしくなるから。
 
 俺、クジンシーは前世で死霊系の魔物をたくさん吸収して、その力を使役してきた。その影響か、生まれ変わった世界でも、死者の気配を感じる体質になっていた。
 普段はうっすらと感じる程度だけど、今の時期はダメだ。声が聞こえるし姿も見える。
『ほほぅ。坊の想い人はめんこいのぅ』
 一番気配が濃い幽霊――長老と呼んでいる――がインターホンのディスプレイを見ながら呟く。白いモヤモヤが笑っているかのように揺らめいた。
 ディスプレイに映っているのは前世からの仲間のボクオーンだ。
「余計なことはするなよ」
 念押しをして、俺はインターホンの通話ボタンを押した。
 白いモヤに口のような空間が空いて、笑みを形作った。

 俺が昔からボクオーンに思いを寄せていることなんて、長老は全部お見通しなのだ。
 だから来てほしくなかったのに――。

 ◆◇◆◇◆

「うわっ。弁当、すげーうまそう! お前が作ってくれたのっ?」
 ボクオーンが持参したのは、高そうな黒塗りの三段の重箱だった。赤飯を俵形に握ったものに、おはぎ、煮物、天ぷら、肉、肉、肉! 興奮に頬を紅潮させながら歓喜の雄叫びを上げる。
「うちには親戚が集まるので手伝わされました。どうせ残るので気にしないでもらってください」
 唐揚げをつまみ食いする。高校生男子が好きな濃いめの味付け! 控えめに言って最高だった。
「つまみ食いをしていないで、冷蔵庫にしまってきなさい」
 ボクオーンはふいっと視線を逸らせて、不貞腐れたような顔で腕を組む。それが照れを誤魔化しているのなんて分かっているから、ほくそ笑みながらはいはいと返事をした。

 お盆の時期は霊の気配も濃い。
 墓がある田舎には先祖の霊も帰って来るようで、天井いっぱいに白い物が浮かぶ恐怖体験が味わえる。そんな怪奇現象はまっぴらごめんなので、夏期講習を理由に居残りを決めた。
 自炊はできないので、適当に店で買って食べていたのだけど、それがボクオーンにバレて「栄養が偏る」と叱られた。
 そして、意外と面倒見がいいボクオーンが食事を持ってきてくれることになった。
 普段だったら小躍りするくらいに嬉しい。だけど今は時期が悪い。
 あれこれ理由をつけて渋ってみたが、口論で俺がボクオーンに勝てるはずもなく、結局押し切られて、今に至る。
 
 弁当を冷蔵庫にしまうついでに、飲み物の準備をすることにした。
 冷蔵庫の中にはお茶がなかった。ジュースでいいかとオレンジジュースとコーラをコップに注ぎ、トレイに乗せて居間へと戻る。
『彼女の手料理とは、羨ましいのぅ』
 長老が冷やかしてくるが、無視をした。
 居間に戻ると、ボクオーンは難しい顔をして何かを考えているようだった。
「オレンジジュースとコーラ、どっちが……」
 声を掛けた時、白いモヤが足元を滑る。次の瞬間、それに足を取られてすっ転んで悲鳴を上げた。
 トレイがコップごと宙を舞う。
 ボクオーンが咄嗟に手を伸ばしてコップを受け止めることには成功したが、橙と黒い液体はボクオーンの頭に注がれた。
「ひぃぃぃぃぃぃ」
 やっちまった!
 ボクオーンの前髪から水滴が滴る。その氷点下の視線が俺に突き刺さった。
 やばいやばいやばい。めちゃくちゃ怒ってる。
『ふぉふぉふぉ。水も滴る良い男じゃな』
 うるさい、全部お前のせいじゃないかっ! 叫ぶのをぐっと堪えている俺に、低いボクオーンの声が命令を下した。
「早くタオルを持ってきなさい」
 感情がこもっていない平坦な声に、俺は素直に返事をして駆け出したのだった。
 
◆◇◆◇◆

 二人でソファと床に溢れたジュースをざっと拭い、その後ボクオーンを風呂場へ案内した。
 水が床を叩く音が遠くに響く。
 曇りガラスの先には、シャワーを浴びるシルエットが浮かび上がった。心臓が破裂しそうなほどに騒ぎ立てる。
『タオルを置くと伝えるついでに、覗いてみれば良いじゃろう』
「何も良くねぇよっ」
 思わず反論してしまった。
 面白いことを聞きつけたと、長老以外にもギャラリーが湧いてしまった。ふわふわと、幾つもの白モヤが宙に浮いている。
 だからお盆なんて嫌いなんだっ!
 そのまま洗濯機に放り込んで良いらしいので、タオルと一緒にボクオーンの服を洗濯機に入れた。
『匂いを嗅いでみれば良いじゃろう』
「何も良くねぇよっ!」
 洗濯機のスイッチを押して脱衣所を出た。
 自室で適当な服を見繕う。
『せっかく彼女がきてるのに、何をお利口さんにしとるのじゃ。もっと攻めぬか』
「だから彼女じゃないってば。ただの友達っ。ついでに、可愛くても男」
 カサカサと笑うようにモヤモヤが動き、家具がガタガタと音を立てて揺れた。
 幽霊のくせに人の恋路に口を出すなと内心で怒鳴りつける。
 脱衣所に戻った俺は、扉を開いた瞬間、固まった。
 金色の瞳がこちらを向いて、見開かれる。
 そこには一糸纏わぬ姿のボクオーンがいた。
 火照って全体的にほんのりと赤く色づいた肌。髪や、顎を伝って滴り落ちる水滴。
 小ぶりな唇が震えながら微かに開き、きゅっと引き締められた。
 その全てが色っぽい。
「……」
「……」
 呆然と見つめ合う。
 しばらくして、我に返った。俺の身体を流れる血液は一瞬で沸騰する。
「ご、ご、ご、ご、ごめんっ! 服は廊下に置いとくっ」
 勢いよく扉を閉め、床に服を叩きつけた俺は全力疾走をして居間に戻った。
『ふぉっふぉっ。あそこで襲いかかってしまえばよかったろうに』
「そんなことしたら、一生顔が合わせられなくなるだろうがっ」
『お前さんの欲望は正直じゃぞ。若いのぅ』
「うるせえっ!」
 居間に戻り、ソファの前に正座をする。わずかに前屈みになりながら、ソファの染み抜きを始めた。
 だけどどうしたって艶かしい肢体が頭に浮かんでしまう。
 ああっ、煩悩よ去れっ!
 あいつは生真面目だから、ちゃんと段階を踏みたいんだよ。汚物を見るような蔑んだ視線を向けられたくないんだっ。
 俺は冷静になるために、必死でタオルでソファを叩くのだった。
 
 しばらくして、ボクオーンが風呂から戻ってきた。
「お風呂ありがとうございます。洗濯もすみません。ですが、全部あなたのせいですからね」
 開口一番そう言ったボクオーンに、怒っているのかなと怯えながら振り向いて、息を呑んだ。
 湿ってぺったりと寝た髪と、露わになった左目が妙に色っぽい。
 そして、そしてだ!
 俺の白いティーシャツが微妙にサイズが大きくて、やばい。語彙力がなくなるほどに、やばい。彼服最高っ! いや、俺は恋人じゃないけれどもっ。
「どうしました?」
「え、いや。髪が濡れて、両目が見えてるのがいつもと印象が違ってて……それに、俺の服が、その……」
 しどろもどろと言葉を紡いでいく。
 要領を得ない言葉に苛立ったようで、ボクオーンの瞳に険が含まれる。あー、もう、気が短いんだよ、元軍師のくせにっ。
 俺はヤケクソ気味に大声で答えた。
「サイズが大きい俺の服を着ているのが、可愛いなと思いましたっ」
「サイズはたいして変わらないでしょう」
「全然違うっ。鎖骨が見えてるし、肩だって緩い。裾の長さも絶対に長い。最高に萌えるっ!」
 ついでに乳首も透けてる。言えないけれどもっ。
 据わった目をしたボクオーンが歩いてくる。
 ざわざわと空気が揺れた。
 部屋にいた霊達がくすくすと笑い、動き出す。ボクオーンの背後でカーテンが揺れ、クッションが浮かぶ。
「っ!」
 やめろと制止の声をあげようとしたが、躊躇った。だってボクオーンには霊が見えていないから、独り言を言う変な奴になってしまう。
 複数の霊が力を合わせてボクオーンの足を引っ掴んで、勢いよく引いた。
 足を取られて転ぶボクオーン。助けなきゃと思って、とっさに抱きしめた。
 どたんと大きな音が立って、背中に痛みが走る。
「ボクオーン、大丈夫かっ!?」
 腕の中のボクオーンの顔を覗き込む。ボクオーンは驚いたように目をぱちぱちさせていたけど、視線が合うと大丈夫と示すように頷いた。
 ほっと胸を撫で下ろす。
 ふと、ボクオーンが柔らかく微笑んだ。ほんのりと上気した目元を和らげて、赤くて艶やかな唇が弧を描く。
 その表情に胸が揺さぶられる。こんな穏やかな表情、見たことがない。
 俺は視線を逸らせないし、ボクオーンも何故か動かないから、至近距離で見つめ合うことになる。
 ドキドキと逸る鼓動がうるさく響く。
 抱き合っているからボクオーンにはバレているだろう。だけど、向こうの心臓だって早鐘を打つようで――。どっちの心臓が騒いでいるのか、区別がつかない。
 え、これキスチャンス?
『ほぅれ。やっときなされ』
 そんな声が聞こえる。
 ボクオーンの向こう側にクッションが浮いているのが見えて、青ざめた。
「あっ、やめろっ」
 思わず叫んだその瞬間、クッションが勢いよく飛んできた。その向こう側の長老が笑みを浮かべている。
 ボクオーンの後頭部にクッションが当たった衝撃で、唇同士が重なった。むにゅっと柔らかくて温かい感触――
 一瞬遅れて、かさりと音を立ててクッションが床に落ちる。
 俺は慌ててボクオーンを引き剥がした。
「うわ、ごめんっ。本当にごめんっ」
 ボクオーンは呆然としていた。
「ああ、どうしようっ。キスしちゃった」
 パニックになるあまり頭を抱えて、叫ぶ。
 キスをしてしまった。
 初めてのキスだった。しかもずっと好きだったボクオーンとだ。だけどこれは同意の上ではない。嫌な思いをさせていたらどうしよう。正直俺は、それが一番怖かった。
 ボクオーンはその場に正座をして、部屋の中を見渡していた。
「事故なんだっ。でも、本当はこんな形じゃなくて、ちゃんと好きだって伝えてから……」
 視界を覆うように手が伸びてきて、俺は動きを止めた。その手越しに見えるボクオーンは鋭い視線をこちらに向けていた。
「そんなことより、この部屋には一体何がいるんですか?」
 ガーンと衝撃が走る。
 俺、今、うっかりだけど愛の告白をしていたところじゃなかったっけ?
「そんなことって……酷くね?」
 口からそんな言葉がこぼれ落ち、俺はため息をつきながら肩を落とした。
 ああ、これ、脈なんて全然ないのかも。

 ふわふわと、天井の半分くらいに白いモヤが漂っている。霊は暇を持て余しているのか、面白いことがあると集まって来るのだ。
 ボクオーンは疑問を持ったら解決しないと気が済まない性分だ。長い付き合いなのでそれはよく知っている。
 だから、霊が見えることについて正直に話すことにした。
 ソファの足を背もたれにするようにして、二人で膝を抱えて並んで座る。
 俺の話をボクオーンは黙って聞いてくれた。
「霊媒体質……とは、また、難儀な体質ですね」
 話を聞き終えたボクオーンはそう呟いた。
 そして考察をするように視線を落として言葉を続ける。
「私も確かに森や草原では落ち着きますが、植物の声は聞こえたりはしません」
 他の仲間はどうだとか考察が続く。
 ボクオーンは、こんな話だって否定しないで信じてくれた。それだけでも、なんだか嬉しくなってくる。
 ふと気付いた様子で、ボクオーンは辺りを見渡しながら尋ねてきた。
「しかし、何故私とクジンシーにキスをさせようとしたのでしょうか」
「あいつらは自分の言葉が通じる俺のことを友達だと思ってるんだよ」
「友達ができて良かったですね」
「あ、その含みがある言い方ムカつくなぁ。今生では七英雄のみんなだって友達だろっ。……え、そうだよなっ?」
 くくっと意地悪く笑いながら、ボクオーンは膝に顔をおしつけた。
 え、どう言うこと?
 はるか昔、七英雄なんて呼ばれる前にみんなに嫌われていたのは知っているけれど、そのあとは俺だって仲間と認められていたんだよな?
 青ざめながらボクオーンの言葉を待っていると、小さい声が聞こえた。
「……友達で、良いんですか?」
 ひゅっと息を呑む。
 それってどう言う意味?
 呆然としていると、膝に顔を押し付けたままこちらを覗いたボクオーンと目が合った。
 探るような目つき。
 期待して良いのか? 俺が望む意味にとってしまって良いのか?
 部屋の中には時計の秒針が鳴る音と、俺の鼓動が響いている。
 ふう、と呆れたような吐息が、ボクオーンの口から溢れる。
 え、待って。さっきの言葉の意味を教えてくれよ。お前の言葉はいちいち分かりにくいんだよっ。バカな俺でも分かるように言ってくれ。
 ――少しは俺のことを特別だって思ってくれているのか?
「そういえば、何故あなたの友達は私たちをキスさせようと画策したのですか?」
「……」
 話を変えるなっ。
 それに、それは確信に迫った質問じゃないか。分かってて言っているんだろう、お前っ。
 ボクオーンが体を起こすので、俺は恥ずかしくなって視線を逸らせた。
「自称友達は、仲良くしろっておせっかいを焼いてるんだよ、多分」
 その言葉にふわりと線香の香りが強まった。
 肌が粟立つ。霊の気配が濃くなる。
 宙を飛ぶテレビのリモコンが見えた。
 こんなものがぶつかったら怪我をするだろうがっ!
 慌ててボクオーンの腕を引いて、抱きしめた。
 今日は霊達の仕業でいちいち距離が近い。だけど腕の中の体温が心地よくて、ついつい腕に力をこめる。ボクオーンは抵抗せずに、身を委ねてくれた。
 ボクオーンの髪から香る匂いがいつもと違って、ごくりと唾を飲む。
 恋愛初心者だから正直分からないけれども、ボクオーンだって俺に悪い印象はないのだと思う。
 だから、言おうと思ったのだ。俺の、気持ちを――
「あ、あの、ボクオーン。俺っ」
 俺の唇に指が当てられる。爪まで綺麗に整えられた、俺とは全然違う細い指。
 肩がぴくりと跳ねた。
 上目遣いにのぞきこんでくるその妖艶な表情にドキマキする。
「周りであなたの友達が聞き耳を立てているのでしょう? その続きは、今度二人きりの時に聞かせてください」
 顰めっ面でため息をつくと、にぃっと意地悪げに微笑む。その顔は見慣れた顔で、ついつい苦笑を浮かべた。
 いつの間にか部屋中に増えた白いモヤモヤ達が、踊るように飛びかっている。
 ガタガタと音を鳴らして部屋が揺れた。
 もしかしたら偶然小さな地震が起きたのかもしれない。だけど、これは霊の皆が笑っていたずらをしているような気がして――。
 俺とボクオーンは視線を合わせて、同時に吹き出した。
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