クジンシー×ボクオーン

クジンシー×ボクオーンでキスのお題をお借りしました。
お題↓
思わぬ事故で2人はキスしてしまった。話し合ってこれはノーカウントだと決めたのだが、ボクの唇が忘れられずぼんやりと過ごしているクジ。

注意事項としては以下(この話のネタバレを含むよ)
 ・クジンシーはロックブーケに恋心は持っていない
 ・バットエンド気味(具体的には振られて終わる。ただまあ、100年後にはくっついてそうな雰囲気はある)

ハプニングキス


 魔物に吹っ飛ばされた。
 草の緑と空の青が混ざり合い、ぐるぐると視界が回る。
 衝撃音とともに、何かにぶつかった。
 視界が赤い髪でいっぱいになり、唇に感じた柔らかい感触――それは唇で。
「わっ、悪りぃ」
 咄嗟にクジンシーは謝った。
 クジンシーは上体を起こして、下敷きにしているボクオーンを見下ろした。彼は顔を顰めて額を押さえている。
 ――うわっ、どうしよう。キスしちゃった。しかもボクオーンと!
 ボクオーンは怒っているだろうと、恐る恐る様子を窺う。
 彼の金色の瞳がこちらを向いて、見開かれた。釣り上がった眉。これはやばい、怒られる、とクジンシーは身を固くする。
 しかしボクオーンは無言で、クジンシーのことを蹴飛ばした。
 強い衝撃に吹っ飛ばされて、天地が回る。
 乾いた土に頬をつけながら見つめた先では、立ち上がったボクオーンが敵に向かって術を放っていた。
「ぼさっとしてないで、立ち上がりなさいっ」
 叱咤をされて、慌てて起き上がった。
 ボクオーンの杖が宙を切り、放たれた岩の塊が轟音を上げながら疾る。先端が尖ったそれは、魔物の硬い体を杭のように貫いていく。
 動きが止まった魔物を、クジンシーは上段から斬り付けた。斬撃は魔物に致命傷を与え、掠れた咆哮とともに赤い粒子を撒き散らし、その姿がかき消えた。
 辺りを見渡すと、他の仲間達はすでに敵を殲滅していたようだ。
 涼しい風が、土の匂いを運んでくる。黄緑色に染まる草原の道には、戦いの名残だけが残されていた。辺りには木々や岩場がないため隠れる場所がない。魔物の追撃はないだろう。
 クジンシーは安堵の息を吐いた。
「さっきはごめん」
 ボクオーンの唇は意外と柔らかく、しっとりと温かかった。自分とは全然違っていて――と思い返して、どきりと鼓動が高鳴る。
 ほんのりと頬を染め、少しだけ気まずいから軽薄な笑みを浮かべて。彼に近づき声をかけると、眉を寄せた顰めっ面を返された。
「戦いに集中しなさい。吹き飛ばされたことはいいです。しかしその後の対応が全くなっていません」
 ボクオーンは土埃がついたローブを払いながら、口を開いた。
 そこから始まって、戦いの心得のやら倒れた後のフォローについてやら、長い説教が始まる。
 げんなりとしつつ、本題はそこではないのでとりあえず謝った。すると、説教を終了させるための謝罪だと察したボクオーンの眉が吊り上がる。
「あー、ごめんごめんっ。今度からは気をつけるって。それより、ほら、キスしちゃったじゃんっ。だから謝らないとと思って」
 ボクオーンの動きが止まる。
 彼は驚いたように目を見開き。ゆっくりと瞬きをする。クジンシーが長いまつ毛が上下する様を眺めていると、ボクオーンは「ああ」と低い声でつぶやいて、自身の唇を指でなぞった。
 その仕草がなんだか艶かしくて、ごくりと唾を飲み込む。
「事故ですね」
 いつもの冷ややかな瞳に戻った彼はそう一言言い捨てて、手の甲で唇を拭った。
 ――あ、拭いやがった。
 クジンシーの口が引きつった。
「なかったことにしましょう。良いですね?」
「……ああ」
 否定は許さない圧を感じ、クジンシーは頷いた。
 それを見とめたボクオーンもゆっくりと頷き、踵を返すと仲間達の元へと歩いていった。
 その後ろ姿を見送る。
「俺、はじめてだったのになぁ」
 ため息とともに零した言葉は、誰に届くこともなく、乾いた風にさらわれた。


 それからというもの、なぜかボクオーンのことを視線が追ってしまう日々が続いていた。
 七英雄の頭脳のボクオーンは、いつも鋭い視線で辺りを窺っている。そんな様子から目つきが悪いと思っていたが、よく見ると金色の瞳は大きいし、まつ毛も長い。
 口を開くと嫌味と小言ばかり。だけど、よくよく内容を聞いてみれば、こちらの身を案じているような発言も多い。
 態度はでかいけれど、身長はクジンシーよりも低い。
 そして、あの唇――
 紅が引かれた艶やかな唇は、柔らかくて、温かくて、甘そうで。触れてみたい衝動に駆られる。
 なんとなく空を仰ぐ。
 白いもくもくとした雲が浮いている青い空は、とても遠いところにある。
 手を伸ばしても届かない。触れてはいけないと、頭では分かっている。
「あーーーっ!」
 叫びながら、クジンシーは頭をガシガシとかきむしった。
 その声は、高い空に吸い込まれていった。

 これではダメだと一発奮起。
 頭の中のボクオーンを叩き出すために美少女を眺めよう。クジンシーはそう決めた。
 拠点としている屋敷の、ロックブーケの部屋を訪れるが、そこはもぬけの殻だった。
 誰かに居場所を聞いて変な誤解をされるのも面倒だ。仕方なく、屋敷を彷徨った。
 そして食堂で、彼女のことを見つけた。
 肉の芳しい香りと香辛料の刺激臭に包まれ、お腹がぐうっとなった。
 艶やかな、絹糸のように滑らかな水色の髪がふわりと揺れる。白いエプロン姿がとても愛らしい。陶磁の肌も大きな瞳も、微笑む顔全てが人形のように可愛らしい。
 ――やっぱりロックブーケは可愛いなぁ。
 口元が緩み、鼻の下が伸びる。
 夕飯の準備でもしているのだろうか。試食係に立候補しようかなと、弾む気持ちで隙間の空いた扉に手をかけたその時。ロックブーケの横に、立ち上がったボクオーンが並んだ。
 ぎくりと、体が強張る。
 二人はオーブンを見ながら何かを話していた。
 その様子を見守っていたクジンシーは、息を呑んだ。
 ボクオーンがそっと微笑む。目を細めて、柔らかく口元を緩めるその表情が、とても可愛らしい。年上の男に使う表現でないのは分かっている。だけど、クジンシーは可愛いと思ってしまったのだ。
 すぐ横に本物の美少女がいるのに、視線はボクオーンの方に吸い寄せられてしまう。
 ――これはダメなやつだ。
 理性も本能も総動員で警鐘を鳴らす。
 早くこの場を立ち去らなければ。
 焦りが手元を狂わせて、扉を叩いてしまう。
 全身の毛穴から汗が吹き出す。
 見られてはいけない。こんな、ボクオーンにときめいている姿を、あの二人に見られたくない。
 なりふり構っていられなくなって、クジンシーは駆け出した。

 行くあてもなく、とりあえず外へと出た。
 日陰に入り、壁に寄り掛かる。全力疾走をしたせいで乱れた呼吸を整える。
「落ち着け、俺!」
 自身を叱咤する。
 高鳴る鼓動よ鎮まれ! 顔を染める熱よ冷えろ!
 両手を天に掲げて、叫んだ。
「鎮まれっ!」
「何をやっているのですか?」
「ひぃっ!?」
 突然声をかけられて、飛び跳ねた。
 目の前にボクオーンが立っていた。呆れたような顔をして、じっとこちらを見つめている。
 ドキドキと高鳴る鼓動はときめきではなく、驚愕のためだ。
 逃げようとしたが、その前にボクオーンの手が伸びてきて行手を遮る。
 ならば逆だと方向転換をしようとしたところで、ボクオーンのもう片方の手が勢いよく壁を叩いた。
「お待ちなさい。少し話がしたいのです」
 ボクオーンは機嫌が悪そうな低い声で告げた。
 両側にボクオーンの腕。背後に壁。そして目の前にはボクオーン。獲物を囲い込むような立ち位置で、逃げ道は完全に塞がれた。
 ――あれ、この体勢って、まさか……?
 間近に迫ったボクオーンの眉間にはうっすらと皺が寄り、口元は硬く引き結ばれている。そこに現れているのは怒りの感情なのだろうが、クジンシーの思考は全く別のところにあった。
「か、壁ドンだーーーっ!」
 思わず叫ぶ。
 その勢いに押されたのか、ボクオーンは僅かに身を引いた。
「壁ドンとは?」
 知らない言葉の登場にボクオーンの好奇心が刺激されたのか、律儀に問うてくる。
「壁ドンっていうのは、大衆小説なんかにある恋愛関係未満にある二人が、こんな感じで迫るようなシチュエーション。壁にドンっと手を突くからそう名付けられたんだ」
「変なことに詳しいのですね。なるほど。……迫る?」
 自分達の今の体勢に気付いたようで、ボクオーンは目を瞬かせた。きょとんとしているその顔が可愛らしい。
 ややあって、その視線がクジンシーを縫い付けているボクオーンの腕と、クジンシーとの間を彷徨う。
 そしてようやく状況を把握した彼は腕を下ろし、二歩ほど後退して、誤魔化すように咳払いをした。
「失礼しました。迫る意図はありませんので」
「う、うん……」
 緊張に、動きがぎこちなくなる。
 目が合うと、そっとその視線を逸らされた。
 ――なんなんだ、この空気は! クジンシーは内心で叫んだ。気まずい。空気がおかしいことになっている。
 お互いにかける言葉に迷ったまま。あさっての方向へと顔を向け、ただただ時間が過ぎていった。

「用件ですが。あなたが最近私のことを避けているのが気になっていて……。今のままでは、戦闘時に支障をきたす可能性もあるかと」
 おもむろに、ボクオーンが追いかけてきた理由を話し始めた。
「うん、ごめん。……別に、避けていたつもりはなくて。……いや、避けていたんだけども」
「どっちですか」
 ボクオーンはため息を吐くと共に眉間に皺を寄せた。
 クジンシーは怯えるように肩を震わせて、身を縮こまらせた。この呆れたようなため息が、苦手だった。
 沈黙が落ちる。
 生ぬるい風が、二人の服の裾を揺らした。
 じっとりとした不快な湿度に、背中に汗が流れていくのを感じる。
 理由を説明しなければならない。だが、何をどう説明すれば良いと言うのだろうか。キスをして以来、あなたのことが気になって仕方がないのですと告白でもすれば良いのだろうか。そんなバカな話があってたまるか。
「申し訳ありません」
 ボクオーンから思いもよらぬ謝罪を受けて、クジンシーは目を見開いた。
「あなたが私を避けているのは、おそらく、戦闘中に口が当たったからですよね?」
 まさか真実に辿り着くとは思っていなかった。クジンシーはこくこくと頷いた。
「そもそも事故ですし、私にとっては取るに足らないことだったので、なかったことにしようと思ったのですが。……あなたにとってはそうではなかったようですね?」
「ああ……。初めてだったから……」
 隠し事をするのは無駄な抵抗だから、素直に告げる。
 ボクオーンは驚くわけでもなく、それまでと変わらないトーンで頷いた。
「そうだろうと思いました」
「なんで分かったんだよ」
「ロックブーケに対するあなたの態度を見ていたら、だいたい察しは付きます」
 ――どうせ童貞だよ、悪かったな! と心の中で悪態をつきながら唇を尖らせる。
 ボクオーンはその子供っぽい態度に、呆れたように苦笑を漏らした。
「今さら事実をなかったことには出来ません。しかし、あなたが気になることがあるのであれば、きちんと話をすべきかと思いました」
「話すって言ったって、俺だってキス自体は仕方がないって分かってるよ」
 そもそもあれはクジンシーからぶつかった事故である。ボクオーンの方こそ被害者だ。
 あの時の柔らかい感触が蘇る。
「でも、あれ以来お前を見ると変な気持ちになっちまうんだよ! なんだか可愛く見えるし、キラキラして見えるし、視線が追っちまうし、お前にもう一度触れたいと思っちまうし!」
「さすが童貞の妄想力ですね……」 
「童貞言うなっ!」
 一気にまくし立てたせいで息が切れ、肩で息をする。
 ボクオーンは顎に手をやって、視線を落とした。
 何かを考えているふうなので、言葉を止めて見守る。
 間近で見る彼はやはり美しいと思う。長いまつ毛が頬に影を落とす様も、柔らかそうな唇も、手入れが行き届いた自分とは全然違う指先も――
 体が熱くなるのは気温のせいだ。この生ぬるい風が悪い。
「他の人で上書きするのはどうでしょう? 手っ取り早いのはロックブーケですが、仲間内でギクシャクするため却下です。だから、適当に女性を見繕って――」
「お前、なにげに酷いことを言うな……」
 心にさざなみが立った。
 頭に血が上る。
 ボクオーンはキスをしたから気になってるって言いたいのだろう。確かに、そんな側面はあるかもしれない。だけど、誰でも一緒だと思われるのは心外だ。
「俺はお前が好きなんだよ!」
 ボクオーンが息を呑んだ。目が見開かれ、唇が引き結ばれる。
 その反応に、クジンシーも我に返った。
 ――え、俺ってそうだったの?
 頭が真っ白になる。否定しようとするが言葉がでず、手を振るという動きをすることしかできない。
 体中から嫌な汗が滲み出してくる。
 静まり返ったこの場の空気が恨めしく思う。鳥の鳴き声でも、仲間の誰かの声でも響けば、話を逸らすことも出来るのに。
「えっと……申し訳ありませんが、あなたの気持ちには応えることはできません」
 お断りの言葉に、クジンシーはヘラリと軽薄な笑みを浮かべた。
「ああ。別に。お前とどうこうなりたいって訳でもないから、別に良いけど……」
 だけど、心にモヤモヤが残る。このままなかったことにされるのが、たまらなく、辛い。
「……もう一回だけ、キスしてもいい? 初めてがアレで、なかったことにされたままってのは、なんか、悲しいし……」
 声が掠れた。
 口が自分の意思とは違うところで動いている。
 じんわりと、ボクオーンの姿が歪んで見えた。彼にしては珍しく眉根を下げて、いたわりを込めたような表情で、真っ直ぐにこちらを見ている。
 彼は悩むように視線を落とし、ゆっくりと頷いた。
 その金色の瞳がゆっくりと閉じるのを見つめる。
 彼の肩に手を当てると、微かに震えるのが指から伝わってきた。
 ドキドキと高鳴る鼓動が、耳に反射をする。
 顔を近づけて、そっと触れるだけのキスをした。ボクオーンの唇は、やっぱり柔らかかった。
「ありがと」
 顔を直接合わせることが気まずくて、俯いて上目がちにそっと視線を向ける。
 ボクオーンも顔を伏せていたので表情は分からなかった。
「どういたしまして。……それでは、私はこれで」
 その声は僅かに震えていた。
 立ち去るボクオーンを見送ることもできず、その場にしゃがみ込んで膝に顔を埋めた。
 ぎゅっと目を閉じる。垂れてきた鼻水を啜りながら、ため息をついた。
「あー、くそっ」
 何に対して悪態をついているのか、自分でもよくわからない。だが、声に出さずにはいられなかった。

 不快な湿度を含んだ風が、髪を揺らす。草の香りが漂う。
 その青臭い香りが、植物の世話をしているボクオーンの姿を思い出させて、クジンシーは髪をかきむしった。
 いつまでもこうしていても仕方がない。クジンシーは深呼吸をしながら立ち上がった。
 部屋に戻って寝よう。
 のろのろと歩き出すと、日向に出たあたりでスービエが歩いてくるのと出会った。
 クジンシーを見とめたスービエは眉を上げる。
「あれ、お前だけ?」
「そうだけど……何か?」
 スービエは首を傾げ、自身が歩いてきた方向へと視線をやった。
「今、ボクオーンとすれ違ったら、顔が赤くて挙動不審な感じだったからさ。恋の予感? と思って確認に来たんだけど。……お前かぁ」
「どういう意味だよ」
 唇をとがらせながら不満げに問う。
 スービエは片方の口端だけを上げる、癖のある笑みを浮かべた。そんな表情が様になる色男ぶりに、なんとなく腹が立つ。
「つまんねーな」
 その一言を残して、スービエは彼が歩いて来た道を戻っていった。
 勝手なことばかり言いやがってと、地団駄を踏む。
 ――何が言いたいんだよっ、そもそも顔が赤いボクオーンってどういうことだよ、と考えて、なんとなく自分の唇に触れる。
 ちゅんちゅんと小鳥の囀りが聞こえてきた。
 ある疑念が頭をよぎるが、ボクオーンに限ってそれはないだろうと頭を振った。
「暑かったからだな」
 日陰のくせに、暑くてジメジメしていたし、と結論づけて。
 クジンシーは肩を落としながら自室に向かって歩き出した。
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