短編

夏イベントを満喫しよう企画その2。
ボクオーンがアバロンに居候をしているどこかの世界線のお話。
お祭り設定など捏造だらけです。

お祭り


「ボクオーン、祭りに行こう」
 勢いよく扉を開けた皇帝が声を上げる。
 陽当たりの良いソファで読書をしていたボクオーンは、顰めっ面を作った。
「何から言えば良いですか? 仕事は終わったんですか? 仕事を放り出しては皆が困りますよ。ジョンが怒って探しに来ますよ。一緒に怒られるのはごめんですからね」
「あー、わかった。わかっているから、良い」
 何も良くはないとボクオーンは思ったが、彼の言い分を聞いてやることにした。
「夏の祭りは一年の中で一番規模が大きい祭りだ。通りには露店が立ち並び、今年は神輿を担ぎ大通りを渡り歩くのだ」
 神輿とは何だ? 聞き慣れない単語に好奇心が刺激される。
「ちなみに、夏祭りは何のために開かれるのですか?」
「無病息災、疫病退散、豊作祈願、先祖供養、魔除け、鎮魂――」
「随分と欲張りですね」
 苦笑とともに返せば、皇帝は得意げな顔をして胸を反らせる。
「様々な地方の祭が集まって、この形になった。そして祭りのメインイベントは年によって変わるのだ。わが国らしいだろう」
 支配下に置いた地域の文化を消し去るのではなく、尊重して融合していく。それが彼が愛する国の姿なのだろう。
 ボクオーンは窓を開いた。吹き込んでくる風に乗って、楽器の音色が流れてくる。
 正直、賑やかな催し物は苦手だった。
 だけど鎮魂のための祭りかと思えば、参加するのも悪くはない。
「どうだ、楽しそうだろう」
「提案が下手すぎて全く魅力が伝わりませんでしたが、少しでしたらお付き合いしましょう。ただし、あまり目立つようなことはしないでくださいね」
 皇帝の顔がふわりと緩む。普段は皆の上に立つ威厳ある表情を崩さないが、その笑顔は子供のように純粋で可愛らしい。
 この笑顔が好きだな、と温かい気持ちで微笑みを返した。
 彼も眩しそうに目を細めながらほんのりと頬を染めて、軽く触れるだけの口付けを落とす。
 へへへと声を立てて笑う仕草は、まるで子供だ。
「一刻後に迎えに来る。準備をしてくれ」
 笑顔で駆けていく彼を見送り、ボクオーンは口元に苦笑を浮かべた。

 ――そして、ボクオーンはすぐにこの選択を後悔することになる。

 皇帝が指示した時間に迎えに来たのは、帝国軽装歩兵のジョンだ。
 彼に案内されたのは王座の間。
 そこは地獄絵図が広がっていた。
「ボクオーン、よく来てくれた。皆を紹介しよう」
 尻尾があったら振り回しそうな笑顔で皇帝が駆けてくる。
 彼は奇妙な格好をしていた。青色の、ヤウダで見かける羽織のような上着を素肌の上に纏っている。素肌の上に、だ。前をボタンなどで留めることもしていないので、たくましい腹筋と胸筋がむき出しだ。
 そして何より目を引くのは腰に巻かれた白い布。なんだ、あれは。前側は布が隠しているが、尻は丸出しだ。
 さらには頭には捻った鉢巻をしめ、足には黒いソックス――正確には、足袋という――を履いている。
「何なんですか、その格好は」
「これはヤウダ地方に伝わる祭りの正装だ。法被に褌、ねじり鉢巻。この衣装を身に纏った屈強な筋肉自慢の男達が、神輿を担ぐことになる」
 皇帝が手を上げると、奥から男達が前に進み出てくる。
 格闘家を先頭に、帝国重装歩兵、インペリアルガード、デザートガード、イーストガードにサラマンダーと、筋肉隆々の漢達が揃い踏みだ。
 鋼のように堅く、それでいてしなやかさを備えた極上の筋肉達の宴である。紹介をされた筋肉達が、ピクピクと歓喜するように震えた。
 もう帰りたいとボクオーンは心底思った。
 筋肉の中からイーストガードが進み出てきて、片膝をついてひざまずく。
「陛下とボクオーン殿に乗っていただくのは、山車と呼ばれるものです。由来などは移動しながら説明させていただきます」
 イーストガードの説明を聞きながら外に出ると、車輪がついた派手な乗り物が控えていた。漆で塗り固められた車体に、金箔や銀箔があしらわれ、その側面には竜の刺繍が入った赤い布が垂れ下がっている。
「ボクオーンは派手な乗り物が好きだろう。気に入ってもらえるかと思って」
「帰って良いですか?」
 尋ねてみるが、にっこり笑顔の皇帝に両手を掴まれた。
「逃がさないぞ」
 助けを求めるように、背後に控える帝国軽装歩兵に視線をやれば、彼は申し訳なさそうな顔をしながら一礼をした。
「あ、そうだ、神を迎えるための車だから、正装が必要だ」
 ――正装。嫌な予感がする。ボクオーンのこめかみから汗が落ちる。
 視線を背後にやれば、お揃いの服を着た極上の筋肉達の姿が。
 無言で踵を返して走り出したが、素早く腰を掴まれた。
「離しなさいっ!」
「ボクオーンとお揃いの服なんて嬉しいなぁ」
「私は嫌ですっ。ちょっと、ジョンっ。そっぽを向いてないで助けなさいっ」
 ボクオーンは手足をばたつかせて必死で抵抗をするが、ガッチリとホールドをされて身動きが取れない。
 いやだ。露出も嫌だし、何より尻丸出しは断固拒否だ。本当に嫌だ。なぜ一刻前の自分は了承してしまったのだろうかと、自らの迂闊さを呪った。
 結局、「お揃いは嫌なのか?」と皇帝に泣かれて、陥落した。
 ボクオーンは皇帝に横抱きされて、控え室へと連れ込まれた。

 
 わっしょいわっしょいと、野太く叫ぶ男達の掛け声が響いた。
 笛や太鼓の音色が青空に吸い込まれていく。
 白い入道雲が浮かぶ空との間に、色とりどりの紙吹雪が風に乗ってひらひらと舞う。綺麗だなぁとボクオーンは思った。
 民衆の歓声を受けて、山車の最上部に立つ皇帝が笑顔で手を振っている。天から差す陽光に負けないほどに強く輝く男は、とても美しい。
 視線に気付いたらしい彼が、仰向けに寝転がるボクオーンを覗き込んできた。
「いつまでも寝ていないで、一緒に楽しもう」
「誰のせいだと……」
 恨みがましげな視線を向ける。
 祭りの正装に着替えるのを抵抗したボクオーンの服を無理やり剥がし、ついでに興奮したとか訳のわからないことを言って、いたずらをしてきたのは目の前の男だ。おかげでこちらは疲労困憊である。
 つける薬がないほどの馬鹿だ。
 彼はいたずらっ子の顔でボクオーンの頬を撫でた。ぴくりと肩が揺れる。指先から伝わる熱が心も体もむず痒くさせた。
 皇帝の瞳に甘い光が宿り、そっと顔を近づけてきた。
 吐息が重なり、彼の大きな手が法被の中に忍び込んできた瞬間、我に返って腹を蹴飛ばした。しかし蹴りは硬い腹筋に弾かれる。
「人前で何をする気ですかっ、ケダモノっ」
「高いから見えないって」
「馬鹿ですか! 本当に、あなたって人は、本当に見境がないっ」
 くどくどと説教をしながら、ボクオーンは気だるい体を気合いで起こし、法被の前を合わせて肌を隠した。普段肌を見せない服を好んで着るため、全裸に近い今の格好は恥ずかしくて仕方がない。
「剥き出しのお尻が可愛い」
 硬い指で臀部を撫でられて、悲鳴を上げながら足を蹴飛ばしてやった。頑丈な皇帝にはやはりダメージを与えることは叶わない。彼は声をあげて笑っている。
 ぐぬぬと呻き声を上げた。
「せっかくだから見て欲しいな。私の国を。ボクオーンにも見て欲しくて頑張って企画したのだ」
「公私混同は良くありません。そもそも予算をかけすぎです。だいたい何なんですか、毎年違う地方の祭りを取り入れるなんて。準備と企画に膨大な金と労力を要して、文官泣かせです。観光収入があるとはいえ、店はともかく国政は赤字なのでは?」
「そういう話は今しなくていいし、私は管轄外ー」
「国の長の発言とは思えませんね。無責任です」
 身を縮こまらせてしょんぼりとする皇帝に苦笑を浮かべる。口ではそう言いつつも、夜遅くまで仕事をしている姿をボクオーンは知っていた。
 ボクオーンは手すりに張り付き、目から上だけを出してこっそりと辺りを見渡した。
 沿道に集まった人々は興奮した様子で山車に手を振っていた。
 笑顔の民衆に胸が熱くなった。皇帝が築き上げた平和なのだなと、少しだけ感傷に浸る。
 もっとも彼にとっての敵は――。
 ごちんと拳骨を落とされた。
「変なことを考えているな」
「あなたが阿呆面だなぁと思っている顔です」
「えー、それは酷くないか」
 陛下ーと子供達が呼ぶ声が聞こえ、彼は立ち上がって笑顔で応える。わぁっと歓声が上がり、人々の熱狂が加速する。
 存在するだけで空気を作る男だなと、感心しながら見上げた。
「とにかく、いつも部屋に引きこもっているボクオーンに、私が愛する国をもっと見て欲しかったんだ。ついでに私の勇姿も目に焼き付けてくれっ」
 その物言いがなんだか別れを予感させ、胸がぎゅっと縮こまる。だけどそんなものを悟らせたくなくて、「はいはい」と適当に返事をしてそっぽを向いた。
 皇帝は山車から飛び降りた。そしてすぐ後ろの神輿を担ぐ集団に合流する。
 陛下だー、うをぉー、と野太い声が空に響く。どこに行っても大人気なようで何よりだ。
 わっしょいわっしょいと男達が咆哮をあげる。
 神輿が上下に揺れ、漢達の逞しい筋肉がうねる。飛び散る汗が陽の光を受けてキラキラと輝き、皆の笑顔が弾ける。
 その先頭に立つ男は満面の笑みを浮かべて、皆を鼓舞していた。
 身を隠しながら微笑ましく眺めているボクオーンに気付いて、皇帝が手を振る。ボクオーンは手だけを上に伸ばして、ひらりひらりと振り返してやった。


 日は暮れて、ヤウダから輸入した提灯にあかりが灯される。
 紙に覆われた炎は、ぼんやりと淡くあたりを照らしていた。その柔らかい光は、いつもの見慣れた街並みを幻想的な世界へと変える。
 広場の方から聞こえる笛の音が、風に乗って遠くに響く。
 露天の呼びかけの声。人々の話す声。笑い声――。
「楽しいな」
 逸る心を抑えられないように、辺りをキョロキョロと見渡しながら皇帝が呟く。好奇心に目をキラキラと輝かせ、子供のような無邪気な笑みを浮かべていた。
 子供の頃の彼は遊ぶ時間もほとんどなく、戦闘訓練ばかりをしていたという。その頃満たされなかった何かを取り戻すかのように、無邪気に振る舞い、全力で遊んでいるようだ。
「その浴衣、ボクオーンによく似合うな」
 ボクオーンは紺色の浴衣姿で、顔は白い狐のお面で隠していた。
 褌のまま歩くことに断固として拒否した。そして皇帝と喧嘩をしていたところ、見かねた家臣達が用意してくれたのだ。
「美しすぎてムラムラしてしまう」
「悪さをしたら今度は急所を蹴飛ばしますからね」
 皇帝はわざとらしく震える仕草をしたが、ボクオーンは本気だ。じろりと睨みつける。
「善処しよう」
 差し出される手のひらに己のそれを重ね、指を絡めあった。彼の体温はいつだって温かい。その温度が、笑顔が、ボクオーンの無機質な心をかき乱して、感情というものを芽生えさせる。
 ――本当に、腹が立つことに。
 屋台を巡り歩く皇帝は、どこでだって人気者だ。
 行く先々で歓迎され、もみくちゃにされる。彼は嫌そうな顔ひとつせずに、店を訪れた客として挨拶をする。店で扱っている食べ物をもらっては礼を言い、美味しいと褒め称える。
 そんな喧騒に混ざりたくない。だけど彼は手を離してくれないから人の輪に加わるはめになる。
 優しい言葉をかけられて、短命種如きと馴れ合うつもりなどないのに、心が揺さぶられた。
「あー、外れた! 一等賞の人形をプレゼントしたかったのにっ」
 くじを引いて残念賞だった皇帝がおもちゃの指輪を握りしめて本気で悔しがっている。大人げないと、ついつい口元に笑みが浮かんだ。
 昼間よりは涼しくなった風が髪を揺らす。屋台から流れてくる肉や野菜を焼いた香りが、人々の喧騒や笑い声が、生きている人間達の幸福を伝えてくるようだ。
「楽しいな」
 笑いながらそう呟く皇帝を仰ぎ、ボクオーンはそっと頷いた。

 屋台を冷やかしながら歩くうちに、人通りの少ない道へと誘われた。そのまま進むとアバロンの園へと続く。
 森の木々がさわさわと音を立て、緑の香りが漂う。ようやくひと心地つけて、ボクオーンは深呼吸をした。
 小川に映る月は歪な形で、ゆらゆらと揺らめいていた。
「さすがに疲れたー」
 大きく伸びをしながら皇帝が草の上に座る。その横に腰を下ろして、ボクオーンは空を仰いだ。
 真円になりそこなった月が浮かぶ空には、無数の星々が散りばめられて川を作っていた。
 少しだけ感傷的な気持ちになり、そっと皇帝の肩に頭を預けた。
「楽しくなかったか? 途中、物憂げな顔をしていることが多かったが」
 肩を抱かれて身を委ねる。
 気付かれていたかと内心で舌打ちをした。誤魔化そうかと思ったが、こういう時の彼はしつこくて非常に面倒くさい。
 ボクオーンは観念して、そっと息を吐いた。
「国や自分の姿を覚えてほしいという物言いや、妙に噛み締めるようなつぶやきが多かったので、私の前から消えようとしているものかと……」
「え? いや、ないない。それはないっ!」
「または、伝承法の影響で近いうちに儚くなってしまうのかも」
 ブッ、と皇帝が吹き出した。
 ぶんぶんと音がしそうくらいに首を振り、ボクオーンの肩を掴んで顔を覗き込む。
「それもないっ。私は健康が何よりの取り柄なんだっ。ボクオーンより長生きすることが人生の目標なんだっ」
「そんなことではなく、もっと高い志を持ちなさい」
 憎まれ口を叩いてみたが、心には安堵が広がった。
 別れを告げられるのではないかと、少しだけ恐れていたから。
「ちょっと思うところがあって、少し感傷に浸ったところはあったかもしれない。ああ、もう。ボクオーンには隠し事ができないなぁ。でも、私は絶対にボクオーンから離れるつもりはないからっ」
 月明かりの下、至近距離で見つめられる瞳は真摯で、とても綺麗だった。
 ボクオーンが頷くと、皇帝もゆっくりと頷く。
 そして何かを思いついたように袖をまさぐり始めた。
「とはいえ、ボクオーンは言葉だけじゃ信じてくれないから……」
 温かい指がボクオーンの左手をなぞり、薬指の先をひんやりと冷たい物が包む。
 視線を下げると、青色の石がはめられたおもちゃの指輪が、爪の根元に収まっている。
「私とずっと一緒に生きてくれ」
「……」
 目を瞬かせて――
 その言葉と指輪の意味に気付いた瞬間、全身が燃えるように熱くなった。はやる鼓動。赤く染まる顔。
 今が夜でよかった。そうでなければ、全部彼に丸見えだっただろう。
「答えは?」
「ほ、保留です」
「だーめ。ボクオーンに考える時間を与えると、絶対に変な方向に拗らせるから。はい以外の返事は受け付けない」
「でしたら、答える必要がないじゃないですかっ」
 彼が屈んでボクオーンの顔を下から覗き込んでくる。青い瞳の中に月が煌めく。その透明な輝きは全てを見通すような強い輝きを持っていて、思わず喉を鳴らす。――心を偽れない。
「ボクオーンが答えることに、意義があるんだよ」
 沈黙が落ちる。祭りの喧騒は遠く、小川のせせらぎと木の葉がかすかに掠れる音さえ、大きく響いていた。
 そんなことをわざわざ答えさせるなと思った。なぜ自分がここに留まっていると思っているのだ。
 ――もうとっくに心は決まっているのに。
 ボクオーンはそっと息を吐いて、頷いた。
「はい、わかりました」
 ボクオーンの返事を受けて、彼も強くしっかりと頷いた。
 手を重ね、寄り添い合う。
 心の奥底まで彼の体温が染み込んでくる。腰に回された腕に強く引き寄せられ、胸に受け止められた。
 ドキドキと胸を叩く彼の心音が、頬から伝わってくる。自信満々に振る舞っていた割に、内心では緊張していたのだろう。
 そっと笑みをこぼした。
 月明かりは淡い筋を描き、揺れる水面に反射する。薄く儚い光だが、行き先を照らす道標のように見えた。
「ずっと先のことは分かりませんが、明日の予定なら決めることはできますね。何をしましょうか?」
「明日こそはあのくじで人形を獲得して、君に贈ってみせる」
 ああ、あれは民に合わせていたのではなく、心底悔しがっていたのか。
 気持ちがすうっと平坦になっていく。
 冷めていくのではない。これが自分たちの日常なのだ。呆れることも、腹が立つことも含めてのこの関係がとても愛おしい。
 ふふっと声に出して笑い、ボクオーンは皇帝のことを見上げた。
「ギャンブルは禁止です」
「えー」
「でも、明日は一緒にお祭りを回りましょうね。約束ですよ」
 皇帝は唇を尖らせて不満そうにしていたが、約束という言葉を聞いて機嫌を直す。
「ああ、約束だ」
 そう言って微笑む顔がとても眩しくて。ボクオーンも心からの笑みを返した。
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