責任だけでは終われない
1(ワグナス視点)
洞窟に金属音と悲鳴がこだまする。
ワグナス達はタームの群れに囲まれ、奇襲を受けていた。
ワグナスが兵士たちを襲っていたタームを光の術法で消し去った瞬間、背後から乾いた羽音が響いた。咄嗟に振り向いた視界いっぱいに、数本の槍の穂先が迫っていた。
間に合わないと悟るより早く、横から割り込んできた影がワグナスの体を突き飛ばした。
「ワグナス殿!」
ボクオーンだった。
彼は手にする棍棒でタームの槍をそらし、返す一撃で脳天を砕いた。
しかし多勢に無勢だった。槍の切先がボクオーンの肩を深く抉り、別の槍が脇腹を貫き、その勢いのまま薙ぎ払われた。小柄な体は軽々と吹き飛ばされ、洞窟の壁に叩きつけられる。
「ボクオーン!」
ワグナスの悲鳴が洞窟の壁に反響し、幾重にも重なって聞こえた。
彼が倒れる地面に広がる血は、瞬く間に土を赤黒く染めた。
手当をせねばと駆けつけようとするが、その行く手をタームが阻む。
「ワグナス! 早く、ボクオーンの元へっ」
ノエルの大剣がタームを真っ二つに切り裂き、道を作った。礼を告げて、ワグナスは駆けた。
ワグナスは血に塗れたボクオーンの体を抱き上げ、その場から離脱して物陰に隠れた。
鎖骨の下から胸元にかけて、鋭く尖った鉱石が突き刺さっていた。吹き飛ばされた際の衝撃で、深く刺さってしまったのだろう。
上着をはだけさせると、白磁のような肌を無惨に引き裂く、肩から胸元にかけた大きな裂傷が露わになった。
その痛々しさに眉を寄せながら、慎重に鉱石を抜き去る。
癒しの術をかけると、黄金の光がボクオーンを包んだ。
術によって出血を止め、傷口を塞ぐことはできた。だが、無惨に抉れた皮膚の質感まで元通りに再生することは叶わなかった。痛々しく強張った皮膚に触れ、ワグナスは奥歯を噛み締める。
――自分を庇ったばかりに。
だが今は反省をしている場合ではない。
体を汚す血を手拭で拭いながら、他の傷を確認する。幸い、脇腹を貫いた槍の傷は、術で綺麗に塞がっていた。
ふと胸元に巻かれた包帯が目に入った。古傷だろうか。
包帯は真っ赤に染まり、さらに破けているため用を成していない。術で治癒されているはずだが、確認は必要だ。
包帯を剥ぎ取ろうとした指先が、柔らかいものに触れた。
ぎくりと身が強張る。
指先から伝わる、しなやかで温かな弾力――それが戦士の鍛えられた筋肉ではないことを悟った瞬間、ワグナスの思考は真っ白に染まった。
ワグナスが硬直していると、ボクオーンが小さく呻き、瞼を持ち上げた。
「……ワグナス殿? 傷の手当てをしていただけたのですか。ありがとうございます。一人で捌き切れると思ったのですが、かえってご迷惑をおかけしました」
「い、いや……君のおかげで助かったよ」
それなら良かったと、ボクオーンは柔らかく微笑む。
体を起こそうとするので手を貸してやる。その時、ボクオーンの視線が自らの胸元に移り、ひゅっと息を呑む音が聞こえた。
慌てて白い腕で隠される胸元。
ワグナスは無実を証明するように、わざとらしく視線を逸らせた。
「その……君は女性だったのだな」
「はい。ですが、あなたはターム討伐に志願する人材を欲していた。そこに性別の縛りはありませんし、私の頭脳は役に立っているはずです」
「ああ。無論、頼りにしているよ」
ボクオーンは微かに安堵の色を含ませた息を吐いた。
「すまない。女性の肌に、こんなに深い傷を負わせてしまった」
ボクオーンは自らの体を見下ろし、「ああ」と平坦な声を出した。特に衝撃を受けた風でもなく、事実をそのまま受け止めている顔だ。
「戦いに身を投じた時から、傷がつくことくらい覚悟の上です。お気になさらず」
「しかし、そこは目立つ位置だ……」
婚姻前の女性の、しかも命を助けてくれた恩人の肌に生涯残るであろう醜い傷を残してしまった。その事実が、ワグナスの胸を抉り罪悪感を募らせる。
「ご存知のように、男として振る舞っていますので、何の問題もありません」
「……責任を取らせてくれないか」
「は?」
咄嗟に出た言葉に、素っ頓狂なボクオーンの声が重なる。
二人は見つめあったまま固まった。
「君は命の恩人だし、残る傷を負わせてしまった。それに……その、不用意に君の素肌を晒し、見て、触れてしまった」
傷をつけ、かつ婚姻前の女性の素肌に触れてしまった以上、彼女の人生に責任を負うのは当然の責務である。ワグナスは懺悔をするように頭を下げた。
呆然としたように瞬きをしていたボクオーンは、慌てて首を振る。
「本当に、この程度どうということはありません。そもそも、責任を取るとは具体的に何をするつもりなのでしょうか」
「結婚を前提としたお付き合いを……」
「何を馬鹿なことを!」
ボクオーンらしくなく、感情的に声を上げる。
「それでは、あなたを庇って傷物になりたがる娘が続出します」
だがワグナスの気持ちは揺らがなかった。男として、仲間として、そのくらいの責任はとってみせようという気概でボクオーンの手を握りしめる。
ボクオーンの手が大きく震える。彼女の瞳が動揺するように揺れた。
「おぉーい、ワグナス、どこ行ったー? ボクオーンは無事かぁ」
戦闘は終了したようで、スービエの声が洞窟にこだまする。
ワグナスは返事をして立ち上がった。ボクオーンは青ざめた顔のまま、慌てて衣服に袖を通して身支度を整えている。
「この話はまた後ほど改めて」
真摯な瞳を向けてワグナスが告げると、ボクオーンははっきりと首を振った。
「この場で終わりにしていただきたいです」
どこか途方に暮れたような声が、洞窟の静寂へと落ちていった。
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