ワグボクで学パロの世界線の短編色々
本編が終わったあとの時間軸(高二の二月)のバレンタインデーの二人。
バカップル注意な感じの甘々な二人。
ひしめき合う人混みの中、ワグナスは呆然と立ち尽くしていた。
場所は商業施設の催事場。
『バレンタインフェア』と看板が掲げられた催事場には、多くの店が並んでいる。どの店も色鮮やかな紙に包まれた箱を積み、顔が映りそうなくらいに磨かれたショーケースの中には見た目鮮やかなチョコレートが並んでいた。
その中で、二メートル近くの長身の高校生男子二人が並んで立っていた。一方は麗しげな顔に戸惑いを、もう片方は精悍な顔に虚無の表情を乗せて。
顔面偏差値が高すぎる二人に、通りかかる女性達はチラチラと視線を送るが、二人はそれどころではなかった。
「ワグナス、早く決めてくれ」
硬い声でノエルが急かす。
ワグナスは頷きながら視線を巡らせ、ごくりと喉を鳴らした。
「どれを買えばいいのだ?」
「小遣いと相談で構わないだろう」
チョコを買いに行くと言ったら、全てを察した祖父に蔵の掃除の報酬として多めの小遣いをもらうことができた。だから値段は気にする必要はない。
だが怖い。
獲物を見据えるかのような、歴戦の猛者達が闊歩する場に飛び込んでいくことに、恐怖と躊躇いが生じる。
「自分がもらって嬉しかったものを参考にすれば良いのではないか?」
「中学までは、学校にお菓子の持ち込みが禁止だった」
「去年は?」
「大量にもらいすぎて、変なものを混ぜられていては困るからと、ボクオーンが引き取ってくれた」
最終的にロックブーケと生徒会役員と、個人的に親しい女性の分だけを受け取った。しかしそれらは友情チョコのようなものだから、参考にはならない。
「……ちょっと待て。去年は付き合っていなかったはずでは?」
信じられないとばかりに、まじまじとノエルがワグナスを見つめる。
何を驚いているのだろうか、ワグナスは首を傾げた。
だがノエルは「それは嫉妬なのでは? 彼はそんなに前から拗らせていたのか、信じられん」と言いながら首を振っていた。
ノエルを観察していても仕方がないと思い直し、ワグナスは前を向いた。
せっかくのバレンタインデーに、恋人としてのイベントを楽しもうと決めたのは自分なのだ。流石に一人では心細いとノエルに付き合ってもらったのだから、気合いを入れよう。
ワグナスは前進した。
ショーケースの前で品定めをしていた女性達は、場違いな高校生を憐れんで場を譲ってくれた。
何軒目かで、四葉のクローバー型のチョコレートが目に止まった。親指の爪程度の大きさの、さまざまな色のチョコレートだ。
四葉のクローバーは幸運を運ぶという。
植物が好きなボクオーンにいいかもしれない。
喜んでくれるだろうか。そっと微笑み、ワグナスは浮かれた気持ちでそのチョコレートを購入したのだった。
そして迎えたバレンタインデー当日。
ボクオーンの家に招待をされたワグナスは、鞄にチョコレートを忍ばせて彼の家を訪れた。
「いらっしゃい」
玄関まで出迎えたボクオーンは満面の笑顔だ。
襟付きシャツにカーディガンといった服装が、知的な彼によく似合っている。隣に立った彼から、ふわりと甘い香りが漂い、どきりと鼓動が高鳴った。
匂いに反応した自分がとても邪な気になって、ワグナスは反省をした。案内をされながら、煩悩退散と心のなかで繰り返し唱える。
そんなことをしているうちにボクオーンが自室の扉を開いた。
「お邪魔します」
告げて、彼の部屋に入る。
部屋の中央には折りたたみ式のテーブルがあった。
そしてその上には、三段のケーキスタンドが乗っていた。ゴールドで凝ったデザインの本格的なものである。
それぞれの皿には、チョコレートケーキ、チョコチップ入りスコーン、チョコクッキー、チョコレートなどなど、チョコレート菓子がたくさん盛られている。
なんだこのチョコ祭りは、と呆然としていたところ、ボクオーンは歌うように機嫌よく告げてきた。
「ハッピーバレンタイン」
目を瞬かせたワグナスは、流石に少しやりすぎなのでは、と心の中だけでつぶやいた。
腕を引かれてテーブルの前に座る。
圧倒されたワグナスは、ついつい正座で向かい合った。
ボクオーンは鼻歌を歌いながら、ティーポットにお湯を注いで砂時計をひっくり返した。
そっと寄り添うように腕にしなだれかかられて、ごくりと喉を鳴らす。上目遣いに見上げてきた瞳が艶やかで、胸の奥にしまわれている欲情を刺激する。腰のあたりが重く痺れた。
衝動のままに関係を進めるのは良くない、と。以前の失敗を思い出しながら、抱きしめようと伸びかけた腕を慌てて戻した。
空気を変えようと、自分からもチョコレートを渡そうとして、ふと気づく。
「これは手作りなのか?」
「はい」
キラキラと輝く笑みを浮かべて頷くボクオーン。得意げに釣り上がる口端。褒めて褒めてと動く猫耳が見えたような気がした。
あまりの可愛らしさに我慢ができなくなって、結局抱きしめてしまった。
「嬉しいよ」
忙しい日々の中で時間を作り、これだけの準備をしてくれた心遣いが心に染みる。
顔を上げたボクオーンが瞳を閉じる。
それはキスを催促している仕草なので、唇を重ねる。最近ようやく学んだ。
気持ち的にも体の反応的にも盛り上がってくる。キツく抱きしめ――薄目を開けたところ、視界の片隅に落ち切った砂時計が映った。
「紅茶ができたようだ」
指摘を受けたボクオーンが舌打ちをする。
ガラが悪い。だが、そんなところも可愛い。
ワグナスから離れたボクオーンが手際良く紅茶を淹れる様を見つめながら、ワグナスは思った。
――私のチョコはどうしたものか。
ボクオーンは手作りかつ、これだけの量を用意してくれた。それに引き換え自分のチョコレートは、家族からもらった小遣いを使って売り場で買っただけだ。気合も重さも全然違う。
こんなものではボクオーンが落胆してしまうのではないかと不安になってきた。
「ワグナス、どれから食べますか?」
声をかけられ、我に返った。
「まずはスコーンを」
白い皿は外側に四葉のクローバーが描かれた可愛らしいものだった。その上にスコーンが乗せられる。
まずはスコーンをひと齧り。チョコチップの甘みとともに芳香なバターの香りが口に広がった。
口の中の水分が奪われたので、紅茶を一口。微かな苦味を感じたが、スコーンの甘さとのマリアージュが素晴らしい。お菓子単品でも美味しいが、お茶と一緒にいただくとまた違った味わいがある。
渡されたジャムをつけると、甘酸っぱいラズベリーがチョコを引き立てさらに風味が変わる。サクサクと音を立ててスコーンを堪能するワグナスを、ボクオーンは微笑みながら見つめていた。
少しだけ気恥ずかしげに、だが感謝の気持ちを込めて微笑みを返す。ボクオーンの白い頬がぽっと音が鳴るくらいの勢いで赤色に染まった。大輪の薔薇が花開いたかのようだ。
なんて可憐なのだろう。
お互いに頬を染めながら見つめ合っていたが、ふと我に返る。暖かい部屋と二人の熱気で、チョコレートも溶けてしまいそうだ。
「次はケーキをいただいても?」
「はい」
口元を緩めたボクオーンがワグナスの皿にチョコレートケーキを乗せ、ワグナスの前に置かれたフォークを手にした。
訝しげに瞬きをしていると、ボクオーンは一口サイズに切ったケーキの欠片を、ワグナスに向かって差し出してきた。
「はい、あーん」
にっこりと微笑む。
ワグナスは戸惑った。
――あーんとは、口を開けということだろうか。いやしかし、子供ではないのだからひとりで食べることはできる。ならば何故?
動かないワグナスに業を煮やしたボクオーンが、膝がつきそうなくらいに近づいてきて上目遣いに見上げてくる。長いまつげが瞬かれる音まで聞こえそうだ。金色の瞳が細まり、蠱惑的な色気を醸し出す。
「ほら、口を開いてください」
囁くような声に、ワグナスは魅了されたように言いなりになる。
開いた口に差し入れられたケーキのスポンジが、ふわふわと優しく舌を包む。次いで濃厚なチョコレートの香りが一気に口の中に広がった。熱で溶けたチョコレートの甘さが体中に行き渡り、心を解して安らぎを与えてくれる。
なんて情熱的な愛の甘さなのだろう。
ワグナスは思わず感嘆の息を吐いた。
「美味しいな」
ボクオーンの瞳がキラキラと輝きを放つ。
彼は嬉しそうに微笑んで、良かったと言いながら次の一口をワグナスの口に運ぼうとする。
「い、いや、自分で食べられるが」
しかしボクオーンは微笑んだまま引いてくれない。
押しに弱いワグナスは、頬を染めながら口を開いた。
ケーキは美味しいが、鼓動が高鳴りすぎて味もわからなくなってくる。
しかし眩しい笑顔で、甲斐甲斐しくケーキを食べさせてくれるボクオーンを落胆させたくなくて言いなりになった。
羞恥のあまり顔は真っ赤に染まり、背筋が丸まってちいさくなってしまう。
それを眺めていたボクオーンは、恍惚とするような顔をしていた。
「そんなに可愛らしい反応をしないで下さい……食べてしまいたくなります」
ワグナスは硬直した。
するとボクオーンは皿をテーブルに置いて、ワグナスの胸にすりりと頬をなすりつけた。つつっと伸びてきた指が絡まり、ぱちんと音が鳴りそうなくらいの可愛らしいウインクをする。
「それとも、食べられるよりも食べる方がお好みですか? でしたら、私を召し上がってください」
ズキューン! と心臓が射抜かれて鼓動が止まりそうになる。
「だ、だめだ! そういうことは成人までは禁止!」
慌てて横に移動すると、ちっとボクオーンの舌が鳴る。ガラが悪いし怖いからやめてほしい。
「今日はチョコレートを食べてもらうことが目的なので、引きますよ」
ボクオーンは不満そうに唇を尖らせていたが、引いてくれたようだ。ほっと安堵の息を漏らす。
「じゃあ……」
ケーキの続きかと口を開いたところ、ボクオーンはお茶のおかわりを淹れようとティーポットを手に取っていた。
思わず口を押さえて、気まずげに視線をそらした。
一方のボクオーンは満面の笑みを浮かべた。
「ちゃんと食べさせてあげますから、少し待ってくださいね」
愛おしさが隠しきれない声で告げられ、ワグナスは両手で真っ赤になった顔を覆った。
ボクオーンの手作りのお菓子を堪能して、寄り添い合った濃厚な時間はあっという間に過ぎた。
日が落ちた空は紺色に染まっている。そろそろ帰る時間だ。
「今日はありがとう」
「こちらこそ。では、また明日」
手を振って歩きながら、ワグナスはお土産にもらったお菓子の入った袋と持参の鞄を見比べた。
結局タイミングを逃したのと、ボクオーンのものと比べると見劣りするからと引け目を感じ、買ったチョコレートを渡すことができなかった。
「……」
立ち止まる。
ボクオーンの手作りお菓子は美味しかった。だが、もらったのがたとえ市販品であろうと自分は喜んだだろう。そう思えば――
「ボクオーン」
踵を返してボクオーンの家への道を戻る。門の前に立ってワグナスを見送っていたボクオーンは首を傾げていた。
「私からのチョコレートを受け取ってくれないか?」
緑色の包装紙の箱を差し出すと、ボクオーンは大きく瞬きをした。
そして頬を染めて幸せそうに微笑む。
「ありがとうございます。嬉しいです」
今日一番の美しい笑顔を見つめて、ワグナスもまた微笑みを返した。
バカップル注意な感じの甘々な二人。
バレンタインデー
ひしめき合う人混みの中、ワグナスは呆然と立ち尽くしていた。
場所は商業施設の催事場。
『バレンタインフェア』と看板が掲げられた催事場には、多くの店が並んでいる。どの店も色鮮やかな紙に包まれた箱を積み、顔が映りそうなくらいに磨かれたショーケースの中には見た目鮮やかなチョコレートが並んでいた。
その中で、二メートル近くの長身の高校生男子二人が並んで立っていた。一方は麗しげな顔に戸惑いを、もう片方は精悍な顔に虚無の表情を乗せて。
顔面偏差値が高すぎる二人に、通りかかる女性達はチラチラと視線を送るが、二人はそれどころではなかった。
「ワグナス、早く決めてくれ」
硬い声でノエルが急かす。
ワグナスは頷きながら視線を巡らせ、ごくりと喉を鳴らした。
「どれを買えばいいのだ?」
「小遣いと相談で構わないだろう」
チョコを買いに行くと言ったら、全てを察した祖父に蔵の掃除の報酬として多めの小遣いをもらうことができた。だから値段は気にする必要はない。
だが怖い。
獲物を見据えるかのような、歴戦の猛者達が闊歩する場に飛び込んでいくことに、恐怖と躊躇いが生じる。
「自分がもらって嬉しかったものを参考にすれば良いのではないか?」
「中学までは、学校にお菓子の持ち込みが禁止だった」
「去年は?」
「大量にもらいすぎて、変なものを混ぜられていては困るからと、ボクオーンが引き取ってくれた」
最終的にロックブーケと生徒会役員と、個人的に親しい女性の分だけを受け取った。しかしそれらは友情チョコのようなものだから、参考にはならない。
「……ちょっと待て。去年は付き合っていなかったはずでは?」
信じられないとばかりに、まじまじとノエルがワグナスを見つめる。
何を驚いているのだろうか、ワグナスは首を傾げた。
だがノエルは「それは嫉妬なのでは? 彼はそんなに前から拗らせていたのか、信じられん」と言いながら首を振っていた。
ノエルを観察していても仕方がないと思い直し、ワグナスは前を向いた。
せっかくのバレンタインデーに、恋人としてのイベントを楽しもうと決めたのは自分なのだ。流石に一人では心細いとノエルに付き合ってもらったのだから、気合いを入れよう。
ワグナスは前進した。
ショーケースの前で品定めをしていた女性達は、場違いな高校生を憐れんで場を譲ってくれた。
何軒目かで、四葉のクローバー型のチョコレートが目に止まった。親指の爪程度の大きさの、さまざまな色のチョコレートだ。
四葉のクローバーは幸運を運ぶという。
植物が好きなボクオーンにいいかもしれない。
喜んでくれるだろうか。そっと微笑み、ワグナスは浮かれた気持ちでそのチョコレートを購入したのだった。
そして迎えたバレンタインデー当日。
ボクオーンの家に招待をされたワグナスは、鞄にチョコレートを忍ばせて彼の家を訪れた。
「いらっしゃい」
玄関まで出迎えたボクオーンは満面の笑顔だ。
襟付きシャツにカーディガンといった服装が、知的な彼によく似合っている。隣に立った彼から、ふわりと甘い香りが漂い、どきりと鼓動が高鳴った。
匂いに反応した自分がとても邪な気になって、ワグナスは反省をした。案内をされながら、煩悩退散と心のなかで繰り返し唱える。
そんなことをしているうちにボクオーンが自室の扉を開いた。
「お邪魔します」
告げて、彼の部屋に入る。
部屋の中央には折りたたみ式のテーブルがあった。
そしてその上には、三段のケーキスタンドが乗っていた。ゴールドで凝ったデザインの本格的なものである。
それぞれの皿には、チョコレートケーキ、チョコチップ入りスコーン、チョコクッキー、チョコレートなどなど、チョコレート菓子がたくさん盛られている。
なんだこのチョコ祭りは、と呆然としていたところ、ボクオーンは歌うように機嫌よく告げてきた。
「ハッピーバレンタイン」
目を瞬かせたワグナスは、流石に少しやりすぎなのでは、と心の中だけでつぶやいた。
腕を引かれてテーブルの前に座る。
圧倒されたワグナスは、ついつい正座で向かい合った。
ボクオーンは鼻歌を歌いながら、ティーポットにお湯を注いで砂時計をひっくり返した。
そっと寄り添うように腕にしなだれかかられて、ごくりと喉を鳴らす。上目遣いに見上げてきた瞳が艶やかで、胸の奥にしまわれている欲情を刺激する。腰のあたりが重く痺れた。
衝動のままに関係を進めるのは良くない、と。以前の失敗を思い出しながら、抱きしめようと伸びかけた腕を慌てて戻した。
空気を変えようと、自分からもチョコレートを渡そうとして、ふと気づく。
「これは手作りなのか?」
「はい」
キラキラと輝く笑みを浮かべて頷くボクオーン。得意げに釣り上がる口端。褒めて褒めてと動く猫耳が見えたような気がした。
あまりの可愛らしさに我慢ができなくなって、結局抱きしめてしまった。
「嬉しいよ」
忙しい日々の中で時間を作り、これだけの準備をしてくれた心遣いが心に染みる。
顔を上げたボクオーンが瞳を閉じる。
それはキスを催促している仕草なので、唇を重ねる。最近ようやく学んだ。
気持ち的にも体の反応的にも盛り上がってくる。キツく抱きしめ――薄目を開けたところ、視界の片隅に落ち切った砂時計が映った。
「紅茶ができたようだ」
指摘を受けたボクオーンが舌打ちをする。
ガラが悪い。だが、そんなところも可愛い。
ワグナスから離れたボクオーンが手際良く紅茶を淹れる様を見つめながら、ワグナスは思った。
――私のチョコはどうしたものか。
ボクオーンは手作りかつ、これだけの量を用意してくれた。それに引き換え自分のチョコレートは、家族からもらった小遣いを使って売り場で買っただけだ。気合も重さも全然違う。
こんなものではボクオーンが落胆してしまうのではないかと不安になってきた。
「ワグナス、どれから食べますか?」
声をかけられ、我に返った。
「まずはスコーンを」
白い皿は外側に四葉のクローバーが描かれた可愛らしいものだった。その上にスコーンが乗せられる。
まずはスコーンをひと齧り。チョコチップの甘みとともに芳香なバターの香りが口に広がった。
口の中の水分が奪われたので、紅茶を一口。微かな苦味を感じたが、スコーンの甘さとのマリアージュが素晴らしい。お菓子単品でも美味しいが、お茶と一緒にいただくとまた違った味わいがある。
渡されたジャムをつけると、甘酸っぱいラズベリーがチョコを引き立てさらに風味が変わる。サクサクと音を立ててスコーンを堪能するワグナスを、ボクオーンは微笑みながら見つめていた。
少しだけ気恥ずかしげに、だが感謝の気持ちを込めて微笑みを返す。ボクオーンの白い頬がぽっと音が鳴るくらいの勢いで赤色に染まった。大輪の薔薇が花開いたかのようだ。
なんて可憐なのだろう。
お互いに頬を染めながら見つめ合っていたが、ふと我に返る。暖かい部屋と二人の熱気で、チョコレートも溶けてしまいそうだ。
「次はケーキをいただいても?」
「はい」
口元を緩めたボクオーンがワグナスの皿にチョコレートケーキを乗せ、ワグナスの前に置かれたフォークを手にした。
訝しげに瞬きをしていると、ボクオーンは一口サイズに切ったケーキの欠片を、ワグナスに向かって差し出してきた。
「はい、あーん」
にっこりと微笑む。
ワグナスは戸惑った。
――あーんとは、口を開けということだろうか。いやしかし、子供ではないのだからひとりで食べることはできる。ならば何故?
動かないワグナスに業を煮やしたボクオーンが、膝がつきそうなくらいに近づいてきて上目遣いに見上げてくる。長いまつげが瞬かれる音まで聞こえそうだ。金色の瞳が細まり、蠱惑的な色気を醸し出す。
「ほら、口を開いてください」
囁くような声に、ワグナスは魅了されたように言いなりになる。
開いた口に差し入れられたケーキのスポンジが、ふわふわと優しく舌を包む。次いで濃厚なチョコレートの香りが一気に口の中に広がった。熱で溶けたチョコレートの甘さが体中に行き渡り、心を解して安らぎを与えてくれる。
なんて情熱的な愛の甘さなのだろう。
ワグナスは思わず感嘆の息を吐いた。
「美味しいな」
ボクオーンの瞳がキラキラと輝きを放つ。
彼は嬉しそうに微笑んで、良かったと言いながら次の一口をワグナスの口に運ぼうとする。
「い、いや、自分で食べられるが」
しかしボクオーンは微笑んだまま引いてくれない。
押しに弱いワグナスは、頬を染めながら口を開いた。
ケーキは美味しいが、鼓動が高鳴りすぎて味もわからなくなってくる。
しかし眩しい笑顔で、甲斐甲斐しくケーキを食べさせてくれるボクオーンを落胆させたくなくて言いなりになった。
羞恥のあまり顔は真っ赤に染まり、背筋が丸まってちいさくなってしまう。
それを眺めていたボクオーンは、恍惚とするような顔をしていた。
「そんなに可愛らしい反応をしないで下さい……食べてしまいたくなります」
ワグナスは硬直した。
するとボクオーンは皿をテーブルに置いて、ワグナスの胸にすりりと頬をなすりつけた。つつっと伸びてきた指が絡まり、ぱちんと音が鳴りそうなくらいの可愛らしいウインクをする。
「それとも、食べられるよりも食べる方がお好みですか? でしたら、私を召し上がってください」
ズキューン! と心臓が射抜かれて鼓動が止まりそうになる。
「だ、だめだ! そういうことは成人までは禁止!」
慌てて横に移動すると、ちっとボクオーンの舌が鳴る。ガラが悪いし怖いからやめてほしい。
「今日はチョコレートを食べてもらうことが目的なので、引きますよ」
ボクオーンは不満そうに唇を尖らせていたが、引いてくれたようだ。ほっと安堵の息を漏らす。
「じゃあ……」
ケーキの続きかと口を開いたところ、ボクオーンはお茶のおかわりを淹れようとティーポットを手に取っていた。
思わず口を押さえて、気まずげに視線をそらした。
一方のボクオーンは満面の笑みを浮かべた。
「ちゃんと食べさせてあげますから、少し待ってくださいね」
愛おしさが隠しきれない声で告げられ、ワグナスは両手で真っ赤になった顔を覆った。
ボクオーンの手作りのお菓子を堪能して、寄り添い合った濃厚な時間はあっという間に過ぎた。
日が落ちた空は紺色に染まっている。そろそろ帰る時間だ。
「今日はありがとう」
「こちらこそ。では、また明日」
手を振って歩きながら、ワグナスはお土産にもらったお菓子の入った袋と持参の鞄を見比べた。
結局タイミングを逃したのと、ボクオーンのものと比べると見劣りするからと引け目を感じ、買ったチョコレートを渡すことができなかった。
「……」
立ち止まる。
ボクオーンの手作りお菓子は美味しかった。だが、もらったのがたとえ市販品であろうと自分は喜んだだろう。そう思えば――
「ボクオーン」
踵を返してボクオーンの家への道を戻る。門の前に立ってワグナスを見送っていたボクオーンは首を傾げていた。
「私からのチョコレートを受け取ってくれないか?」
緑色の包装紙の箱を差し出すと、ボクオーンは大きく瞬きをした。
そして頬を染めて幸せそうに微笑む。
「ありがとうございます。嬉しいです」
今日一番の美しい笑顔を見つめて、ワグナスもまた微笑みを返した。
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