ワグボクで学パロの世界線の短編色々

大学生になって初めての年越しをするワグナスとボクオーン。
実家を出て互いに一人暮らしをしているワグナスとボクオーンが、ワグナスの家でのんびりと過ごす話。

年越し



 コタツに足を突っ込んで、ボクオーンはソファにもたれかかったまま経済雑誌を読み進めていた。
 親が若かりし頃に流行ったヒットソングが流れてきて、なんとなく視線をテレビに向ける。
 今日は大晦日。実家にいた頃の名残か、なんとなくスイッチを入れた音楽番組が、静かな部屋に流れている。
 
 かちゃりと玄関の鍵が開く音が聞こえた。
 しばらくすると居間の扉が開いて、黒いコート姿のワグナスが現れた。
「おかえりなさい」
「ただいま。海老天を買ってきた」
 ボクオーンは立ち上がって白いビニル袋を受け取り、キッチンへと入った。
 海老天を調理台に乗せ、年越し蕎麦の準備のため流し下の棚から鍋を取り出し、水を入れる。
「先にお風呂に入ってください。お湯は張ってあります」
 返事が聞こえ、バスルームへの扉が開閉する音が聞こえた。
 ボクオーンは鍋を火をかけて、その間に冷蔵庫から必要なものを取り出す。
 別の鍋で麺つゆを温めた。学生二人が食べるだけの蕎麦なので、特に凝ったことはしない。
 沸騰を待つ間に手際よくネギとかまぼこを切る。
 ここはワグナスの家だが、調理器具の配置はボクオーンが使いやすいように調整していた。調理器具を洗ってしまうところまで流れるように作業をする。
 沸騰した鍋の火を止めたところでバスルームの扉が開き、豊かな黒髪の上に白いタオルをかけたワグナスが現れた。
「ちゃんと温まりましたか?」
「お湯に浸かってきたぞ」
「百数えました?」
「君は私を子供だと思っていないか?」
 眉間に皺を寄せてムッとしたような顔をするワグナスに、ボクオーンは意地悪げな微笑みを向けた。
 ボクオーンはワグナスに近づき、背伸びをして濡れたままの髪をわしゃわしゃと乱暴に拭ってやる。
「大人は水を滴らせながらバスルームから出てきませんよ」
「君を待たせてはいけないからと、急いで上がってきたのだ。それに、腹も空いている」
 どちらが本音なのだかと笑いながら、ボクオーンは「はいはい」と相槌を打ってコンロに火を入れた。
 冷蔵庫から出した蕎麦を沸騰したお湯に入れ、菜箸を片手に見守っているとふわりと石鹸の香りが漂い、背後から抱きしめられた。思わず苦笑を浮かべる。
「今日はお疲れのようですね」
「……年末の忙しさは半端なかった。バイトのほとんどが帰省してしまったから人も足りないし」
「ワグナスだってバイトなんですから、実家に帰ると断れば良かったのに」
 ぐりぐりと頭を擦り付けて甘えてくるワグナスの頭を撫でてやる。疲れている時に出やすい普段の彼からは想像もつかないようなこの行動は、恋人としての自分だけが知る特権だ。ついつい口元が緩んでしまう。
「君が両親の旅行で帰省しないと言うので、正月は一緒にゆっくり過ごしたいと思ったのだ」
「最近互いに忙しかったですからねぇ」
 キッチンタイマーから甲高い音が鳴り響く。
 ボクオーンは手早く湯切りをし、蕎麦の盛り付けにかかった。
「月見にすれば良いか?」
「ええ。お願いします」
 コップに麦茶を注いでいると、横からワグナスの狼狽える声が聞こえてきた。彼の手元を見ると、ほかほかと湯気を立てた蕎麦の上に卵の殻が散っていた。
 無言でワグナスのことを見上げる。意識せずに、呆れるような顔になっていたかもしれない。
「加減を誤っただけで、卵くらい割ることができるぞ」
「……そういうことにしておきましょう」
「いや、本当だっ」
 必死になって弁明するワグナスに背を向けて、笑いを堪える。
 手先が器用なワグナスだが、なぜか家事全般は苦手だった。そして卵を割ることができることだって、何度も食事を共にしているので当然知っている。
 ただ、狼狽えるワグナスは貴重で、とても可愛いので楽しんでいるだけだ。
 自分の蕎麦に卵と海老天を乗せると、なかなかに豪華な見た目になった。満足げにひとつ頷く。
 ボクオーンはコップや箸が乗ったお盆を手にしてこたつに戻った。しばらくするとワグナスも部屋に入ってきて、ボクオーンの斜め前に座った。
「いただきます」
 手を合わせてから二人は蕎麦を啜り始めた。
 他愛のない話をして、沈黙の時間になんとなくテレビを視界に映す。
 取り立てて何もない食事の時間だ。
 それでもワグナスと二人きりで過ごす初めての大晦日に浮かれて、自然と笑みが浮かんだ。
「美味しいな。ありがとう」
「いいえ。こちらこそ、一緒に年越しをすることを選んでくれて、ありがとうございます」
 はにかむ様にワグナスは頬を緩めた。
 学生の本分は学業であるし親からの仕送りで生活をしているしで、羽目を外さぬようお泊まりは週一までと決めた。だけど最近はもっと一緒にいたいと願ってしまう。
 蕎麦を食べ終え、片付けをワグナスに任せてボクオーンはのんびりとテレビを眺めていた。
 しばらくするとワグナスが戻ってきて、ボクオーンとソファの間に無理やり体を捩じ込んできた。
「何をしているんですか、狭いですよ」
 そんな文句も受け流して、ワグナスは背後からきつくボクオーンを抱きしめる。ちゅっと音を立てて耳の後ろに口付けをしてくるものだから、予想してなかった攻撃に「ひゃっ」と情けない悲鳴をあげて背筋を震わせた。
「ダメですよ。年を越す瞬間を逃すじゃないですか」
「ちゃんと時間を見ているから大丈夫だ」
「どこかの従兄弟のような適当なことを言わないでくださいっ。邪魔をしたら、一年間ネチネチ言い続けますからね」
 ワグナスが素直に返事する。彼はしょんぼりと肩を落とし、ボクオーンを抱え込んだままテレビへと視線を向けた。今日は随分と甘えモードのようだ。そういえば、こんなにゆっくりとした夜を過ごすのは半月ぶりかもしれない。
 石鹸に混じるワグナス自身の香り。背中に感じる熱。鼓動。吐息。
 テレビからは除夜の鐘の音が響いてくるが、全く集中できない。
 ボクオーンにとっての最大の煩悩は背中に張り付いている男だ。物理的にでも少し距離を置かないと、底なし沼に沈んで抜け出せなくなりそうで怖いくらいだ。
「最近、会う時間も少ないせいか、君が家に帰る後ろ姿を見送るのが少し寂しいのだ……」
 どきりと鼓動が高鳴る。
 先ほどの自分の思考を読まれていたようで、気恥ずかしくなって身をすくませた。
「だから、正月休みくらいはずっと一緒に過ごして欲しいと思っているが、どうだ?」
 気持ちは同じなので素直に頷けばいい。だけどこれを受け入れてしまってはずっと流されるがままになってしまうような気がして、躊躇われる。
 ゴーンと響く鐘の音が心をかき乱す。除夜の鐘もボクオーンの煩悩を消してくれない。
 ぎゅうっと背後からきつく抱きしめられて、耳元にかかる吐息に体を硬直させた。
「だめか?」
 すがるような声音に観念して、ボクオーンは首を捻ってワグナスの視線を合わせる。
「けじめをつけたいと言い出したのはワグナスなんですからね。今回だけ、特別ですよ」
 許可を得たワグナスは嬉しそうに顔を輝かせる。
 その眩しい笑顔を至近距離で浴びて、ボクオーンは胸をときめかせながら視線を泳がせた。
 ワグナスが目を伏せて、ゆっくりと顔を近づけて――
「あけましておめでとうございます!」
 テレビから聞こえた大音量に驚いて、咄嗟に距離を空けた。
 目を見開きながらテレビを確認すると、いつの間にか年が明けたようでお祭りムードの光景が流れていた。
 ――あ、年越しの瞬間を逃した。
 鳴り響く鼓動を落ち着けようとしていると、長い指先がボクオーンの頬に添えられた。強引に向けさせられた視界の中で、ワグナスが優しく目を細める。
 その眼差しに射すくめられ、体も思考も固まっているうちに、全てを彼に染めるような、熱い口付けが降ってきた。
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